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物と精神

詩・小説・批評・哲学など テーマは「世界と自分のあり方」全体です

グラウンドに流れる永遠について

 大学のグラウンドは広くて、僕一人の手に負えない。でも、贅沢に、僕はそこを使っていた。
 ボールを蹴る。壁に当たる。跳ね返ってくる。また、蹴る。
 サッカー選手の中村憲剛は、バルセロナのセルヒオ・ブスケツを尊敬しているらしい。ブスケツのポジショニングは完璧だ。彼はクレバーな選手で、常に、相手の動きを読み、試合全体を俯瞰して、ボールをコントロールしていく。
 でも、こんな話、サッカーに興味のない人にはどうでもいいだろう。じゃあ、僕はどんな話をすればいいのか。
 この文章ーー今、書いているこの文章、読むのは多分、三人くらいなんだけど、じゃあ、その三人の興味ある事を書けばいいのか。イチローはあんまり本を読まないって話を聞いたし、モーツァルトも読書家ではなかったらしい。じゃあ、イチローやモーツァルトになるためには、どんな本も必要ないっていうのか。多分、そうだろう。実際にそうだったろうし。
 どんな事を話しても聞いても感じても、それは僕一個人の身体に収まる事柄である。それが、哀しいし、嬉しくもある。なんと言えばいいのかわかんないけど。
 ボールを蹴る。強く、蹴る。すると、うまい具合に飛んでいき、壁の真ん中に当たった。壁の真ん中には円が描いてあって、僕はそれを狙っていたのだ。
 ボールは的を射抜いて、足元に帰ってきた。よし、よく帰ってきた。僕のサッカーボールよ。これで、中村憲剛にもセルヒオ・ブスケツにも負けないプレイができるぜ。ボールよ。お前さえ、言う事を聞いてくれれば、億万長者になれるのにな。メッシにもクリスティアーノ・ロナウドにも負けずに、ゴールを叩き込む事ができるのにな。そしたら、車を五台持ってセキュリティが完璧の高級マンションに住んで、ロシア出身のモデルと付き合う事ができるのにな。しかも、モデルの女は向こうから寄ってきてくれるんだ。そうだ、最高じゃないか、フットボール。
 もう一度、ボールを蹴る。強く、蹴った。ボールの下を強く擦りすぎて、ボールは上に飛んでいった。壁を越えて、後ろのネットに当たった。ボールを取りに行かなくちゃならない。やれやれ。僕はこんな風にして、何者にもなれないんだ。

                       ※

 休憩。自動販売機でポカリスエットを買って飲む。おいしいな。運動の後の水分はすごく、おいしいな。
 マジ、おいしいな。ベンチに座ってポカリを飲む。
 僕はもう大学四年だった。就職活動をはじめなきゃいけなかったけれど、やる気がなかった。一度、会社説明会に行ったんだけど、担当の社員が、プレゼンテーションはじめて、馬鹿馬鹿しくなって、やる気がなくなってしまった。社員によると、我が社は毎年、右肩上がりを続けているのだという。更には、世界との競争に勝つために、日頃から努力を怠っていないのだという。
 そんな事より、週の休みがどれくらいになるのか、残業はどの程度なのかという具体的な話を聞きたかったのだが、どうでもいいクソビジョンを社員が語り始めたので、うんざりしてしまった。他の、就活大学生は、うなずきながら聞いていた。どこにうなずく所があるのか僕にはわからなかった。世界と競争したいなら勝手にしてろ! 僕には新作のエロ動画と、酔って吐くゲロだけがリアルなんだ! あとは知った事か!
 …なんて事を考えていると、世の中の「流れ」とやらに取り残されて、あっという間に時代遅れのジジイになるらしい。僕としては時代遅れのジジイになる気満々だった。六十過ぎて女の尻を追いかけ続けるのが、理想の姿だった。時代から遠くはなれて、痴呆になるのが僕の望みだった。でもまあ、まだ時間はありそうだ。大学生だしな。まだ。
 日影からグラウンドを見るのは気持ちが良い。空には、雲があり、雲は風に流されている。

 子、川のほとりに在りて曰わく、「逝くものは斯くの如きかな、昼夜をやめず」

 孔子という、人生失敗した爺さんはそんな事を言った。あの爺さんは偉かったと思う。説教臭いのが玉に瑕だけど。
 爺さんは、川を見て言ったのだ。「川は昼夜関係なく、流れていっているぞ」と。対して、人間共というのは、時代だの流れだの新作だの何だのごちゃごちゃ言って、人工的に流れを作っている。僕はその流れに乗る気がなかった。
 そして、人々の流れから離れると、自然が変化していっている事に気づく。
 いっつも、車に乗って移動しているクソセレブ共は自然の変化には気づかないだろう! 雪の冷たさを感じる事ができる人間は、雪の中で死んでいく人間だけなんだ! そいつだけが、キタキツネレベルではじめて「雪」を感じられる。今の人間は生まれてから死ぬまで、なんにも感じず、考えずに死んでいく。あらゆる悲惨が取り除かれているから、何も体験する事ができない。…そんな事を思った。
 馬鹿だな。僕は笑う。馬鹿だな。
 雲がゆっくりと流れていった。僕はそれをじっと見ていた。
 その時、僕は雲だった。ああ、誰がどう言おうが、その時の僕は雲だったんだ! 悪いか! 僕が雲で!! 僕は流れだ。流れそのものだったんだ!!

                   ※

 休んでいたら、ゼミの桜井がやってきた。桜井はゼミのイケメン学生だ。もう内定先も決まっているらしい。なかなか、気さくでいい奴だ。
 桜井は僕を見つけて、近づいてきた。何の用事で来たかはわからない。話しかけてきた。
 「よう、何してんの?」
 「いや、別に」
 立ち上がって、足元のボールをポンと蹴り出した。桜井の方に。
 「サッカーしてたんだ。お前もやる?」
 「いや、俺はいいよ。お前がサッカーやるなんて知らなかった。意外だな」
 「僕だってサッカーやるんだぜ。中村憲剛やセルヒオ・ブスケツに負けないくらい、頭を使ってサッカーやるんだ。ポジショニングも完璧さ。こいつで、ロシアの美女を捕まえるんだ」
 桜井は(何を言っているのかわからない)という表情をした。頭の上に「?」が浮かんでいた。
 「…またな。俺、用事があるから」
 「ああ、また今度」
 桜井は去っていった。あいつは、用事があるんだろう。僕と違って。何か、とても大事な、意味のある用事が、あいつにはあるんだろう。でも、僕にはなんにもないんだ。
 僕は再び、ベンチに座った。そして、そのまま、その場所から動かなかった。僕は永遠に、大学のベンチに張り付けられていた。


 それから、長い時が流れた。とてつもなく長い時が流れた。僕はベンチに座り、この世の全てを眺めていた。ただ、眺めていた。

 その後、何が起こったか……それは知らない。当方の管轄外なので、知りません。とにかく僕はそんな風にベンチに座ってたって事だ。それ以上にはどんな意味もないんだ。くそったれ。

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