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物と精神

詩・小説・批評・哲学など テーマは「世界と自分のあり方」全体です

 雰囲気・香りとしての芸術を越えて



 芸術には雰囲気とか香りとか呼ばれるものがある。大抵のディレッタントーー我々素人芸術家はまず、その香りに惹かれて芸術活動をスタートする。しかし、大抵の人は「香り」を吸うか吐き出すかにとどまり、「その中」には入れない。とはいえ、別にこれは素人芸術家に限った事ではない。プロであろうと何であろうと、大抵そうだとも言える。

 
 例えば、村上春樹が哲学を引用する所などは、村上春樹が「哲学の香り」を必要とするから引用するのであって、実際村上春樹が哲学を理解しているという見通しは立たない。僕は今年一年、哲学を個人的に勉強し、哲学がいかに厳格なものか、カントやウィトゲンシュタインがいかに真摯に思考したが見えてきた気がする。彼らには通俗的なものは欠片もないと言っていい。しかし、それを引用する村上春樹には哲学の本体は必要なく、その香りだけが必要なのだ。芸術もまた同様であり、中村文則には実存主義の「香り」が必要で、本物の実存主義には要がない。大抵の事は、この香り、雰囲気でできていると言っても過言ではない。しかしだからこそ、本物の哲学者たるウィトゲンシュタインのような人物はこの香りを毛嫌いする。ウィトゲンシュタインは自分の弟子が、自分の影響で哲学的雰囲気を身に着けていく事に耐えられなかったようである。


 では、香りとしての芸術から脱して本物の芸術に入り込むにはどうすればいいか。それにはとにかく、本物の芸術がいかにできたか、を観察するしかないように見える。ゲーテが、ラファエロがいかにしてあのような絵画を描いたか、その真意を知ればたいていの画家は絵筆を放り捨てるだろうと言っていた。ゲーテが言っているのを僕なりに翻訳すれば「香り、雰囲気レベルに留まるな」という事だ。素人画家が、ラファエロを見ても絵筆を捨てなくても済むのは、ラファエロを真に知らないからだ。僕は夏目漱石、ドストエフスキーを詳しく分析し、本当にペンを捨ててやろうかと考えた。しかし、(真実を言えば)このようにペンを捨ててやろう、絵筆を捨ててやろうと一度は決意した者だけが、やっとペンを、絵筆を取る事ができるのだ。そのような人間は今や、自分が巨匠に叶わないにしても、自分に何ができ、何をしなければならないか、明晰に把握できる可能性が生まれてくる。つまり、そこからやっと芸術はスタートする。芸術は『辛い』ものだ。


 多くの人は芸術の綺麗なだけの部分、雰囲気、香りだけを目的としているので、それを吸ったり吐いたりする事で満足するだろう。しかし、本物の芸術家は芸術と自分の存在を合致させる。つまり、その芸術家にとって芸術は一つの宿命となる。こうして宿命と一体となった芸術家の所まで来れば、もう読者や視聴者が何を言おうが関係がない。彼らが罵詈雑言を浴びせようと、宿命となった芸術は一つの石ころ、物体のように確固としたものとしてある。僕がこの大衆社会の一番嫌いな所は、『大衆に認められなければ無』という暗黙の前提だ。この前提を踏み破る事に真の芸術はある。


 もっとも、踏み破られた方はいつも負け惜しみを言うものだが。(一体、どちらが『負け惜しみ』なのだろう?)

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 ドストエフスキーの転機  〈傍観者から当事者へ〉



 ドストエフスキーは最初、『貧しき人々』という作品でデビューした。後には『虐げられた人々』という長編小説も書いている。

 『死の家の記録』という作品もあるが、これもシェストフの言うように、基本的には同じ系列上にある作品だ。タイトルに注意していただきたい。貧しき人々、虐げられた人々、死の家の記録……つまり、これらを記述する人、『作者』はあたかも、これらの貧しき人、虐げられた人とは違うタイプの人間であるかのようである。つまり、転向前のドストエフスキーは根底的に傍観者としての文学だった。

 しかし、それらは『地下室の手記』で一変する。ドストエフスキーがここで始めて発見したのは次のような事だ。つまり、自分はこれまで自分と他者、インテリと大衆を区別し、自分を憐れむ存在だと考え、大衆を憐れまれるべき存在だと考えた。しかし、シベリアの牢獄をくぐった彼はそういう考えが間違いだという事を悟った。つまり、自分はどうやら憐れむ存在ではなく、むしろ憐れまれる存在だという事。そして憐れまれる存在である自分にも誇りがあり、やはり一人の人間だという事。この人間には幸福になる権利があると同様に、不幸になる権利すらある事。言い換えれば、ドストエフスキーはここで、傍観者としての文学をかなぐり捨てて、『当事者としての文学』を始める事になったのだ。そして『当事者としての文学』を客観化していく過程で、ドストエフスキーは後期の五大長編を作り上げたのだった。

 
 ドストエフスキーには全く興味のない人でも、この真理は決定的にその人に関係のある事だ、と僕は考える。人々が自分を傍観者と見ている時、そこに何が起こるのか。あらゆる犯罪、被害者、加害者、ニュースの中の出来事、貧しい人々、救われなければならない人々…そのように意識の上で隔離された存在が実はまさしく自分だという事に気づいた時、我々はドストエフスキーのように転向しなければならないのだろうか。


 僕個人は今年で三十の年になった。人生は僕の甘い夢を打ち砕いた。僕もまた(卑小ながら)自分が当事者だという事に気づきつつある。だとすれば、もう手加減する必要は一切ない。傍観者達とは違う論理を僕は握らなければならないだろう。根底的にドストエフスキーが掴んだ真理は実存主義という名でくくれるものではない。それは概念化、定義化できないものであり、傍観者としての視点を根底から拒否するものだ。だから、まず人はなんとしてでも自分の人生を生きなければならないのだ。他人ではなく、生きなければならないのは自分の人生なのだ。そういう意味で、僕は実存主義と言える。もっとも、今こうして僕が言っている事を僕以外の他人が傍観的に受け取る事を僕は排除できない。ただ、自分はそのような視点とは違う場所で生き、書いているという事だけが自分には大切な事だ。そしてドストエフスキーにおいても、それはそうであったと思う。また、ドストエフスキーはこの道を僕が今いる場所よりもはるか先まで一人で歩んでいった。ドストエフスキーの転機、信念の覚醒というのはそういうものだったと思う。

相対化の極限としての維摩経

 


 他人の意見を見ても自分の意見を見ても、結局、意見というものは自分の器を離れられないと感じる。

 それは事実だが逆に言えば、自分という器をひたすら拡大していき、世界大の大きさにまで拡張すれば、もう誰にも文句は言われなくなる。その人間はその人間の固有性、独自性を引きずったまま、一つの普遍性に至る。偉大な人は大抵そうやっている。

 己を捨てて他につく事、他を捨てて己を取り上げる事。どちらも、己とか他とかに取り付かれた考え方だ。己=私とは、一つの一般的個体ではなく、一つの視野である事を悟れば、私とは世界の別名になる。私とは世界を照らす太陽である。「罪と罰」でポルフィーリィがラスコーリニコフに説教するのはそういう意味だと思う。「『あなた』が太陽になればいいんですよ!」 このあなたはもはや個体ではなく、一つの視野である。一つの視野、視点が世界に意味を与える。世界はその事実を変える事なく、世界の意味を変える。世界の事実を変えるのは科学であり、社会的政策である。もちろん、世界の事実を変えるのは重要な事だが、より大切なのは世界に意味を与える視点を変える事だ。それが仏教の悟りの意味だと僕は理解している。悟りは一つの認識である以上、それによって世界の意味は変わる。しかし、人は世界の中の事実が変わらなければ納得しないという面がある。だから、悟った人間に魔術的な奇跡を期待するという側面も出てくる。しかし、世界の意味を変える事は世界の中の諸事実を変える事より、有益な事だ。しかし、この「有益」は地上的な基準では計れない。


 我々が人間として存在している以上、人間としての固有性に引きずられるのは当然の事だ。しかし、それと同時に人は、人としてのあり方を越えようとしていく。認識や理性が絶えず哲学・宗教の次元で問題になってきたのは何故か。それは人が人を越えようと努力してきたからだ。

 
 そして「越えた」者は今や世界、塔の頂上から街を見下ろすように見下ろす。そこはもはや過去の世界であり、彼の故郷であるが、彼はもうそこを巣立ったのだ。


 こうしてブッダのような人間は生命としての人類を越えた。しかし、同時に愚者はブッダに石を投げる事ができる。なぜなら、ブッダは依然、一つの痛みある肉体だからだ。この対立はずっと続いてきた。


 現代は文明が発展しているとみられるが、根底的な事は古代からそう変わっていない。何故生きるか、何故死ぬか、生きる意味とは何か。おそらくもう答えは出ている。この僕ーー私は俗な人間として世界を生きるだろう。しかし、その認識は俗な私を俯瞰で見ているかもしれない。維摩経の論理は現代にも有に通用する。つまり、その論理では様々な差異を解消している。それは、差異を作り、どうあっても物事を教条化しようとする視点を超えている。つまり、維摩経はごく『普通』の場所に戻ってくると共に、「普通」のあり方も「普通でない」あり方も同時に超えている。戒律を厳しく守っている僧侶が、その階梯内でまた別種の欲望にとらわれていないと誰が言えるだろう? そのように論理は相対化をたどっていく。そして相対化の極限にあるのは、再び元の私達、つまり普通に生きている『私達』なのだ。

 カフカ ーー誠実な犠牲者ーー

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 カフカの「判決」という作品のラストは次のようになっている。

 「(略)しかし、彼はもう走り去っていた。門から飛び出し、線路を越えて河のほうへひきよせられていった。まるで飢えた人間が食物をしっかとつかむように、彼は橋の欄干をしっかとにぎっていた。彼はひらりと身をひるがえした。彼はすぐれた体操選手で、少年時代には両親の自慢の種になっていた。だんだん力が抜けていく手でまだ欄干をしっかりにぎって、欄干の鉄棒のあいだからバスをうかがっていた。バスは彼が落ちる物音を容易に消してくれるだろう。それから低い声でいった。
「お父さん、お母さん、ぼくはあなたがたを愛していたんですよ」そして、手を離して落ちていった。
 その瞬間に、橋の上をほんとうに限りない車の列が通り過ぎていった。」


 カフカというのは太宰治と同様に、話のオチの付け方、もっと言えば物語の最後の一行がかなり独特である。最近そういう事に気がついた。次にあげるのは「断食芸人」のラストだ。


 「(作中の主人公である断食芸人が芸をしている檻の中で死ぬ) 断食芸人はわらといっしょに埋められた。例の檻には一頭の若い豹ひょうが入れられた。あんなに長いこと荒れ果てていた檻のなかにこの野獣が跳廻っているのをながめることは、どんなに鈍感な人間にとってもはっきり感じられる気ばらしであった。豹には何一つ不自由なものはなかった。豹がうまいと思う食べものは、番人たちがたいして考えずにどんどん運んでいった。豹は自由がないことを全然残念がってはいないように見えた。あらゆる必要なものをほとんど破裂せんばかりに身にそなえたこの高貴な身体は、自由さえも身につけて歩き廻っているように見えた。歯なみのどこかに自由が隠れているように見えるのだった。生きるよろこびが豹の喉もとからひどく強烈な炎熱をもって吐き出されてくるので、見物人たちがそれに耐えることは容易ではないほどだった。だが、見物人たちはそれにじっと耐えて、檻のまわりにひしめきより、全然そこを立ち去ろうとはしなかった。」

 青空文庫の訳は多少わかりにくいと思うが、どちらも構造的には完璧に同じである。カフカという作家は、世界中で研究、批評、解釈されているだろうが、実際かなりわかりやすい作家だ。というより、わかりすぎてつまらなく感じるほどだ。
 
 「判決」と「乞食芸人」はどちらも同じ構造を持っている。それは作者に似た人間が最後に死ぬという話である。「判決」では若い商人は父に傷つけられて死に、乞食芸人では芸人がやせ衰えて死ぬ。どちらも、世界から疎外された人間の死がテーマとなっている。
 しかし、ただ死ぬ事が(カフカの)目的ではない。カフカに似た主人公は作品内では世界から嫌われ、傷つき、犠牲者として死ななければならない。その事をカフカは一貫して描き続けた。なぜなら、それが世界から(主に父親から)傷つけられた人間の唯一の自己慰安だったからである。

 しかし、ここでもう少し、両作品の最後の部分を見てみよう。どちらも全く同じである。「判決」のラストは、バタイユの批評から引用するとこうなっている。

 「その瞬間に、橋の上には、文字どおりに雑踏をきわめた車馬の往来があった。」

 これは主人公が橋の欄干から飛び降りて自殺した後の一行だ。本来、こういう一行は文学的には不要である。しかし、カフカは本当はこの一行を書きたいが為に、「判決」(バタイユの本では「死刑宣告」)という短編を書いたとも言える。では、ここでカフカが言いたかった事は何か。それは僕には極めて簡単な事に見える。カフカが言いたかったのつまり次のような事ーー自分は今一人の犠牲者として、罪が無いにも関わらず世界に傷つけられた人間として死のうとしている、そして実際に死ぬーー今、私は死んだ。『しかし』、世界はその犠牲者たる私に無関心である。世界は、この私を傷つけ、私を亡き者として、犠牲にした。しかし『それにも関わらず』その世界はこの私には無関心である。どうだ! 諸君! 見てくれたまえ! 私はこの世界の理不尽な犠牲者であり、今、死に赴こうとしている。しかし、それをした張本人の世界は、その私に対しても今、無関心であるのだ! 諸君ら見てくれ!
 
 これが僕が想像するカフカの叫びである。もちろん、この叫びはかなり誇張している。しかし、こういう思想がカフカになければ、最後の一行は決して現れなかったはずだ。カフカが「橋の上には雑踏があった」と書くのは、雑踏は主人公には何の興味もないからである。一人の悲劇に対して世界は無関心である…。


 しかし、ここから更に、カフカの構造の「ねじれ」の問題が起こってくる。なぜなら、カフカは世界がこうも自分に無関心で、自分をこうも理不尽に傷つける事を、またその世界に向かって訴えているからだ。だから、カフカは本質的にバタイユの批評を一歩もはみ出ていない。バタイユの言う通り、カフカは自分が認められていない事、自分が犠牲者だという事を、それをそのような状態にしている世界そのものに再度訴えている。では、そもそもそのようなカフカの願いとは何かというのは一つの謎になる。そもそも、これは矛盾以外のなにものでもないからである。


 ここで、簡単に答えを出しておく。カフカは結局はこの矛盾から逃れられなかった。カフカは世界の犠牲者になっている己を認めてもらいたいと再び世界に訴えるというかなり奇妙な方法に打って出た。それはカフカにとって逃避と同時に抜け穴だった。だから、カフカの作品は本質的に、一人で孤独に作られ、孤独に読まれるべきものだ。僕が滑稽だと感じるのはカフカ作品が国立大学で『研究対象』にすらなっているという事実だ。カフカは実はそのような対象にもっともそぐわない作家なのだ。

 
 話を進めよう。それでは、カフカの究極的な願いは何だったかーー。実はそれはカフカにもわからなかった。もっと言えば、カフカは矛盾の中で逡巡し続ける事を望んでいた。無論、カフカも問題を解決したかっただろう。カフカ自身の生活を見てもそうだ。恋人を作りはするものの、結婚する勇気はない。一人でいるには忍耐がない。親に対して反発したいが、親を乗り越える勇気はない…。カフカにとって迷う事が彼の望みであったが、同時にそこから出たいという願望もあった。こうした二律背反の中にカフカは終生閉じ込められていた。しかし、カフカは最後に親友のマックス・ブロートに「自分の作品を全部燃やしてくれ」と頼んだ。カフカにしては、これは英断だったと思う。なぜなら、カフカはついに絶望に希望を見出すという事をやめたからである。カフカは、自分の作品を世界の『裏側』として作っていた。それは孤独な作業であり、また、もしそれが陽の目を見るにしても、その作品はその本質からして表舞台的なものではないのだ。カフカの作品は永遠の反抗であり続けるが、これは同時に永遠の子供である事を意味する。


 カフカが自分の作品を燃やしてくれと言った事…。これは先に言ったように、絶望に望みを持つ事、いや、絶望を表現する事に微かな慰安を感じるという事すらにも絶望するという事態だったのだ。カフカは確かに、絶望していたものの、彼はその絶望に甘い誇りと感慨と慰安を抱いてた。彼は常に犠牲者だが、自分が犠牲者だという事を世界に(密かに見せつける)という形では犠牲者ではなかった。そこで彼は小さな王でいられた。しかし、そうした子供の遊びとしての文学、子供のようなカフカにとって大切な大切な文学ーーそれ自体にもカフカはとうとう絶望する時がやってきた。おそらく、それがカフカの死の時だった。こうしてカフカの文学と生は一つの円環を閉じた。つまり、カフカの作品とは本来世界に開示されるはずのない作品であり、我々が見ているのはそういう作品なのだ。これが残ったのは偶然の作用が大きいと私は見ている。


 この最後の偶然が何かというのは、カフカの文学を論じるだけでは処理できない問題である。カフカからすれば、自分の生涯の終わりを持って、犠牲者としての生涯を終えたと感じた事だろう。しかし、カフカはカフカ自身最後に書けなかった一行があった。それはカフカの死後に「人々が雑踏を作って彼の墓の上を通行した」という事実である。これはカフカには描こうとして描けなかった一行だった。彼は彼の運命を処理し終えたと信じたかもしれないが、親友の裏切りによって彼の作品は生きながらえる事となった。


 それでは生きている我々はカフカをどのように読めばいいのか。それはまだ問いとして残る。その問いに、この私はどう答えればいいか。


 実はそれに対する答えを私は持っていない。一つ言えるのは彼は犠牲者であり、非常に誠実な犠牲者だったという事だ。人は犠牲者であるばかりではないが、この世界において自らを犠牲者として感じる者はこれから先もカフカの文学に慰安を感じ続けるだろう。


 しかし、それを読み、理解するとはどういう事なのだろう? 私にはこの問いがまだ残っている。そしてこの問いに答える事はおそらく、カフカと決別する事なのだ。私はカフカの運命に敬礼するが、彼と道を共にしない。しかし、とにかくもカフカは受難者としての人生ーーそしてその文学を全うしたのだ。それがカフカという人物だった。私はそう思う。  

長編小説の構成についての覚書

   


 今年はずっと長編小説を書いていた。長編小説というものには、短編小説とは違い、構造というものがあると思う。

 小説と言うと、ストーリーとか登場人物とか言う話になりやすいが、実際の所、登場人物達を制御する装置(意識)が作者に必要となってくる。しかし、小説の中の登場人物はそれぞれ思い思いに自分を語る権利を持ち、自己主張する権利を持つ。良い作家においては、登場人物が正に生きているのだという感覚を読者に与える。これはよく考えれば、非常に至難な技だ。

 例えば、シェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」のような作品は、登場人物がそれぞれ互いに生きており、それぞれ己を自己主張しているように見える。シェイクスピアの驚くべき才能は、彼がシーザーにもブルータスにも、アントニーにもオクタウィアヌスにも肩入れしていない所にある。どれが作者の最も肩入れする人物であり、どれが作者の思想を代弁しているか、読者には想定もつかない。しかしそれにも関わらず、それぞれの登場人物達は全く完全に自分の意志を貫徹しようと生きており、殺されるシーザーも殺すブルータスも、そして後にブルータスを死に追いやるアントニーらも立派な人物として描かれている。それぞれの人物は正に、それぞれの人生を生きているのであり、しかも、それをシェイクスピアという一つの非凡な精神は完全な集中力で統御している。ここにシェイクスピアの偉大さがある。

 しかし、普通の作家ではそうは行かない。太宰や三島を取り出してきても、シェイクスピアには全くかなわない。三島由紀夫の登場人物はそれぞれが自分の生を生きているとは僕には見えない。また、太宰の小説では本当の意味で生きているのは作者一人のように見える。太宰の饒舌は作者自身の自意識の吐露であり、その吐露には限界は見当たらない。彼はいつまでも饒舌であり続けるだろう。しかし、それを相対化して登場人物と化する事は太宰には叶わなかった。

 本当の意味で小説を、長編小説を書くとは、ドストエフスキーやシェイクスピア、あるいはトルストイのように個々の登場人物を相対化する術にあるように思う。しかし、より難しい問題は何故、登場人物をそれぞれ生かしつつ、相対化しなければならないのか?という点だ。ただ技術的に追っていても、この点は決して解決できないだろう。僕はそれを解決するのは個々の作家の「思想」であるように思う。つまり、「世界はそれが相対的である様において絶対的である」という一つの思想だ。この思想が分化され、登場人物となり、また一つの物語となる。では何故、物語はあるのか。これはまた面倒な話になるが、時間的に見ると、真理が表面を制するから、という事になると思う。漱石においては「自然」が「人工」に勝利する。ドストエフスキーの罪と罰、シェイクスピアのマクベスにおいては、それぞれ殺人を犯した人間はその行為故に、人間社会から切り離され孤立する。マクベスはその為に世界と決闘し破れ、ラスコーリニコフは自ら犯罪を告白しに警察に行く。ここではまた、真理が表面を制覇する過程が見られる。その過程で、個々の登場人物は己の生を生きるのだ。つまり、シェイクスピアやドストエフスキーにおいては、登場人物はそれぞれの自由を主張し、自分自身の生を生き、なおかつ(またそれゆえに)最後の結末に向かって歩いて行く。そして結末を握っているのは作者だけであり、登場人物達はこの結末を知りはしない。同様に、普通の人間たる我々は我々が向かう先の真理を知らない。知っているのはただ、この世界の外にいる存在ーーほんのわずかな「賢者」だけだ。

 そのように長編小説というのは織られる。そういう事は今は思考している。もっともこんな風に書いたからと言って、本当の意味でドストエフスキーや漱石らの創作の秘密に迫れるわけではない。その創作の秘密は彼ら自身、書く事によってしか体現できなかった。ここに、文学の(そして生の)最大の秘密がある。そしてその秘密は「語りえず示される」のである。そういうわけで、自分は自分の拙い小説にまた舞い戻っていこうと思う。

 ショーペンハウエル『意志と表象としての世界』感想


 「意志と表象としての世界」を読んだ。哲学書としては、こういう一冊こそ、正に世界全体を解明する書だという事ができると思う。最近は正直、ポストモダンがどうのという話は馬鹿馬鹿しくて仕方なくなってきている。哲学に新しいも古いもなく、ただ己の生の問題、世界とは何かという問いをどう処理するかという事柄だけが重要だ。

 この世界を動かしている原動力は『意志』である。ショーペンハウエルはそう結論している。ショーペンハウエルの言い方からすれば、時間が後方から前方に進むのも、宇宙が拡大するのも、男が女をもとめるのも、物質が上から下へ落下するのも全てこの世界の『意志』だという事に帰着する。そしてこの意志を否定し、世界が意志でできている事を眺める力というのがただ一つ、人間に備わった力ーー理性だ。天才とは、理性の力が欲望、つまり意志を大きく抜いて世界全体を見渡せるようになったものを言う。

 この点からすれば、芸術は正に世界を見渡す。シェイクスピアは世界の意志を十全に描きつくすが、彼そのものは意志に所属していない。彼は理性として世界に参加せず、その上空を飛ぶのである。彼は、世界が何であるかを認識する。認識によって生きる事が幸福な生だーーーとウィトゲンシュタインは言った。

 世界が意志でできている、という事は一度気づけば、これほど見やすい事はない。ショーペンハウエルに影響された天才が多いのもうなずけるところだ。多くの人間が自分一個の利害に思いを致し、あるいは自分が所属するグループ、組織、人種、国家の利害ばかり考える。彼らは「私」という個体化の原理にとらわれているのであり、世界が一つの大きな意志である事に気づかない。個体化の原理にとらわれている人々は己という欲念ばかりが強く、己の幸福と他人の不幸を比べてみようとする。しかし、その幸不幸そのものの原因というのが世界の意志に他ならない。我々が毎日、嫌々ながら仕事に行くのは何故か。我々が世界に存在し、何かを求めるのは何故か。それらは全て、意志であるという事に帰着し、理性のみがこれを否定し、ここから離脱する事ができる。

 一度、ショーペンハウエルの見方が染み付いてしまえば、もうこの見方から逃れる事はできないだろう。意志と表象としての世界はそれくらい強烈な書物だ。誰かが自分の欲望を叶えようとし、自分の地位を向上させようとし、自分の性欲を発散させようと望んでいる時、それら全ては世界の意志ゆえにそうしているのだ、と見てしまえば、もう世界のあり方が分かったように見える。そして意志は、その兄弟である苦悩と結びついている。人は相変わらず、欲望というものに対してはその実現、それを叶える事が処方箋だと考えているが、それは何ら効果ある薬効ではない。それらにたいする唯一の効果ある対処法はそれらを超越する事、つまり理性により意志を認識し、それを否定する事である。

 こうして意志を否定する事を宣言して「意志と表象としての世界」は終わる。しかし、ショーペンハウエル自身は自分の意志を滅却した聖人君子ではなかったようである。つまり、意志は否定してもどこまでもついてくるもののようだ。しかし、それを認識している生と認識していない生では世界のあり方は変わってくる。古代の聖賢が「真理を知ればいつ死んでもよい」というような事を言ったのは、いわば「意志」は個体の原理より上回って存在しているという事に対応している。

 そういうわけで、ショーペンハウエルの「意志と表象としての世界」は世界に対する見方をぐるっと変えてしまう一冊だ。ただ、この書を読んで、意志そのものを否定する事が本当に良い事か、僕はまだ疑問に感じている。意志そのものを否定するというより、重要なのはそれを超越するという事だと僕は思う。従って、論理としては維摩経の不二一元論の方がほんの少し先へ言っているように思う。

人生は解のない五次方程式



 二十歳で死んだガロアは五次方程式には解がないという事を発見した。五次方程式の解は三百年近く見つからなかったらしい。それをガロアが独力で解いた、という事らしい。

 1次方程式から四次方程式までは解があるそうだ。だから、数学者達は五次方程式も同様に解があると思い込んだ。しかし、いつまでたっても解は見つからない。そこで、ガロアは発想を転換した。彼は問いに直接答えようとするのをやめた。彼は、いわば、問いそのものに問いを仕掛ける事にしたのだ。つまり、五次方程式という問いそのものに対して、解があるかないか? と彼は問いを仕掛けた。ガロアは構造としての五次方程式を問題とした。問題は五次方程式の解を探す事ではなく、問いそのものの性質、構造だ。

 人生というのも同じようなものではないか、と最近思っている。それに答えはない。答えがないというのが構造としての答えであり、その事に気付くのが仏教で言う所の「悟り」ではないかと思う。仏教というのはそういう問題を突き詰めて考えている。我々の問いーー答え、始まりーー終わり、という論理性に沿う形でこの世界が存在するとは全く決まっていない。我々、私、世界、宇宙、と呼ばれるものが我々の論理に対していつも正当な解を出してくれるとは限らない。ここで、カントもまた、発想を転換した。彼もガロアと同様に答えを探し求めるのをやめた。真理とは何か?と考えるのをやめ、あるものを真理とし、あるものを真理としない我々の認識構造そのものを調べ始めた。そしてそこに、一つ次元が上の解を見つけた。

 この人生において生きる意味や生きる価値を見つけようとする事は丁度、五次方程式の解を探し求めるような事で路頭に迷うと僕は思っている。そこでは解がない事が答えであるように僕には見える。「私は〇〇だから勝ち組(負け組)だ」と考えた所で、それはその人間がそう思っているというだけの話である。他人が、自分がそう見たり感じたりするという事の根拠、その根源にある価値観そのものは一体何に紐付いているのか。我々は論理としての言語ゲームの人生を送るが、人生の謎は論理的に答えられるものではないという事にある。そうした答えがないという事に気付くのが答えであり、だからこそ、仏教の禅問答は常に意味不明の応答に終始する。人生に解がないという事はニヒリズムではない。それは希望でもなく、絶望でもない。絶望や希望というのは人間が世界を認識する為の論理の一つに過ぎない。その論理を越えたものは何か…それは語りえないものだ。しかし、全ての語りうるものは語りえないものに端を発する。そしてこの箇所には沈黙が在る。全ての饒舌、言葉、真理はこの沈黙を源としている。沈黙を自ら有するものだけが、世界を語る事ができる。

 ブッダのように、世界に帰る



 自分のしている事は自分の死後に評価されるのではないかという気が最近している。しかし、問題は時間にあるわけではない。

 人間が生きて為せる事はそれほど多くない。どんな天才も、過去の遺産の上に自分を築いている。また、どんな天才も普通人と似たような身体構造を持っている以上、それをうまく活用しなければならない。天才は焦点を集中させ、エネルギーを一点に注ぎ込む。また、その時に大切なのは、力点を間違えない事だ。無駄な点に力を注ぎ込めば徒労に終わってしまう。

 数学、物理学、科学、芸術、政治、哲学…この世界には様々なものがある。人はそれらの領域を、自分達の外部にあるものと考える。場合によっては、それは「自分達のためのもの」と考える。僕はその考えに異を唱えるつもりでいる。おおまかに言えば、人間がある点に対して働きかけ努力するのは、もっぱら人間という種を越えようとする試みに他ならない。それを「私達のため」と言うと、それら全ての領域はまた人間の今ある生き方の方に引き戻されてしまう。

 我々がどのように考え、どのように生きようと生はそこに一つの定式を定める。我々の一部の人間がそこから離脱しようとする、人はあるいは彼らの行く末を見守り、あるいは彼らを我々のために、我々の居場所に引き戻そうとする。

 音楽や数学の能力というのは、人間が人工的作り上げた新たな器官と言えるだろう。虚数が最初に数式上に出現した時、学者はそれを現実に適用できるなどとは思いもしなかった。しかし、今や虚数は世界を解読する言葉の一つと化した。虚数は我々の常識には理解不能であるが、我々が作った数学という器官の延長はなお、自然を捉えて離さない。

 世界は解読可能なコードとしてあるわけではない。むしろ、我々が世界と呼ぶものを、我々は自然と共同して作り上げているのだろう。そしてその過程で、我々は自然としての人間を越えようと試みている。そしてその事に、何故?という問いはない。また、その事に「〇〇のために」という論理は通用しない。我々は何かに導かれるようにどこからか来て、どこかへ行こうとしているのだ。そして、全てを知悉した悲劇的な哲学者が、実人生としてどのように悲惨な目に会おうと、彼はもやは人生を越えたのだ。彼は人間を越え、次の世界に旅立ったのだ。その旅立ちがあまりにも早すぎた為に、彼は悲劇に陥ったのだ。

 人間の奥底を覗けば、何故?という問いが消失する瞬間がある。人はその問いを知らぬ顔をして通り過ぎる。だから、人はまた何故?と考える。ヤフー知恵袋を覗けば、人生相談が山程ある。彼らは何を迷っているのだろうか。あるいは、彼らは本当に人生においてそれらの事を真剣に悩んでいるのだろうか? 本当は彼らは余りに悩みが薄いゆえに、そうした事に悩むのではないか?

 人がどこから来てどこへ行くかは誰にもわからない。ただ、世界の真理を知った人間は静かに己に充足するのみだ。しかし、この人物もまた、いつかは重い腰をあげて世界に、人々の元に帰らなければならないだろう。

 おおいなるためらいの後に、人々、世界の元に帰ったブッダのように。

 

『アヴァンギャルドでいこうvol.4』の宣伝

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僕も執筆している雑誌がAmazonで販売されます。19日からです。よろしくお願いします。
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大分県のブランド古着ショップW.BARCHELさん
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こちらでも買えるようです。


※宣伝は以上ですが、正直な所、書き手としてはあまり仕事はできていません。ブログの再掲載ですので、あまりきちんとできませんでした。ただ、友人の手回しオルガン弾きさんから村上春樹に関する優れた論考を頂いた(僕から依頼しました)ので、それに関しては多少仕事したと思います。

そういうわけで、オルガンさんの批評がおすすめです。他の方だと、山田宗太朗さんの「火花」の評論が良かったです。久しぶりに批評らしい批評を読んだという感じです。後は表紙の絵がいいですね。R眞さんという方です。他にも二十名以上の方が参加しています。よろしくお願いします。

小説に構造が必要な理由について

 


今、長編小説を書いている。もう既に、かなり長い長編小説を今年の九月くらいに書き終えているので、今書いているのは二作目だ。個人的に、自分の批評時代は終わった気がしている。

 長編小説というのは世の中的にはどういう見方をされているのか知らないが、一番重要なのは思想である。思想がなければ小説は書けない、と言えば、そんな事はないと言われるかもしれないが、僕の言う思想というのは、広大な概念である。

 長編小説というものには通常、登場人物やプロット云々という話が出てくるがそれは小説の表面の話に過ぎない。横光利一は純粋小説論で、通俗的な文学と純文学とをうまく整合させようとしたが、うまくいかなかった。最近では村上春樹がドストエフスキーのような総合小説を書きたいというような事を言っていたと思うが、これは本質的に横光利一と同じような事で、作品の表皮を見ているに過ぎない。漱石やドストエフスキーが、文学としての深さと、物語性をかな備える事ができた本当の原因は彼らの「思想」にある。もっと言えば、漱石やドストエフスキーは小説などというものは相手にしていなかった。彼らはただひたすら、文学という武器で、現実と(そして己自身と)戦ったのであり、そしてその勝利の為には長編小説という構造が必要とされたのだ。表面的に、小説の登場人物やストーリーを追いかけても、それは単なるできの悪い模倣にとどまる。

 もちろん、僕はドストエフスキーや漱石のような偉大な作家とは言えない。ただ、なぜ長編小説なのか? なぜ、小説という形式が必要とされるのか? という問いに対する答えはほぼ出ている。しかし、それを今ここで伝達するのは不可能に近い。そして実は、この「伝達不可能」という事こそが、小説が構造を必要とし、ただ結論だけを記すだけでは意味がなくなってしまうという、そういう小説の奥深さと関連している。これは重要な事だ。
 
 今の世の中を見ると、人が欲しているのは結論であり、問いではないという事に気付く。人は実は最初から自分の中にあらかじめ固定的な結論を持っており、彼らはその結論を肯定する別の結論を欲している。そこでノウハウ本が世に氾濫するという事になる。問題は、何故、答えが答えなのか、あるいは答えが明瞭なものだとして、それが明瞭だという意味は何なのか、という事だ。作家が何故、何百ページも使って自分の思想を伝達しなければならないのか。どうしてレポート用紙三枚くらいにまとめられないのか。国語の授業、学校のテスト、マークシート風にどうして簡単明瞭に話せないのか。これが人生の問いであり、そして実は答えである。この事についていくら考えても、考えすぎるという事はない。ただ多くの人はこの事について考えないからこそ、自分が考えない事からくる様々な物事に悩む、という事態に陥る。死というのも、その一事例だ。
 
 自分にはそれほど沢山の時間が残されているとは僕は思っていない。僕は長生きするかもしれず、もうすぐ死ぬかもしれない。しかし、どっちにしろ、自分なりに色々な答えははっきりとさせておきたい。その為には文学という道具しか握っていない。そこで僕はそれに賭けるという事になる。その先の事については、僕の認知する所ではない。

 大体今はそういう事を考えている。 

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