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物と精神

詩・小説・批評・哲学など テーマは「世界と自分のあり方」全体です

アラウンド・フォーティーの手記

『 いや、もう聞いて欲しいんだけど。私、もう三十五になっちゃった。三十五。・・・もう、数字にしてくれるな!・・・っていう年齢よね。・・・でも、私は、幼稚園児みたいな、おこちゃまみたいな精神年齢なのよね。・・・自分で言っちゃうけれど。でも、みんなそれは同じだから、いいじゃん、と私は思う。みんな取り繕ってるけど、ちょっとでも自分の考えをまともに口に出す機会があったら、すぐに空っぽの人間だって事がわかる。まあ、そんな奴ばっかり。でも、それがそんなに気づかれて目立たないのは、結局、空っぽ同士には相手が空っぽに見えないからだっていう事。
 余計な事言っちゃったけど、私は私の人生のざんげをしたかったのよ。・・・いや、ほんとに。私は普通の女で・・・いや、私は結構、美形の女だったし、今でも、まあ、そうなの。これを自慢だと思う人もいると思う。でも、私、ほんとにもてたの・・・。それで、私はそんなつもりはなかったんだけど、結構その、セクシーな感じに見えるらしいのね。・・・で、私と会った男共はみんな、私と「やれる」って思って、近づいてくるわけ。・・で、私はその中で、不潔そうな奴と、悪そうな奴を省いて、大抵の男とセックスしたわ。で、その中で嫌なのは、『私を所有している』みたいな感じで私とセックスする男。・・こういうのはほんとに最悪。こいつらは、「もうこの女は俺のものだ」なんて顔して、セックスの後に自分の武勇伝を語ったりするの。こういうのにはほんと、うんざり。勝手に私を所有した気になって・・・どうせ、こんな馬鹿は、居酒屋にいけば、「俺の女がよお・・・」なんて、同僚にぶつくさ言うに決まっている。そういう男は一度寝ると、もう会わなかった。電話番号とメールアドレスを消去して。
 ・・・でもね、私、聞いて欲しいの。・・・私が気付いた色々な事を。・・・どうして、私達女が男とセックスするかっていうと、それはどっちかというと、快楽を目指しての事じゃないの。・・・いや、そういう人が沢山いるって事は私も知っているわ。でも、少なくとも、私はそうじゃない。私はね・・・これは意外と思われるかもしれないけど、安らぎを求めてたの。・・・いやほんとに。だって、男っていうのは、女と同じくらいどれもこれもろくでなしなんだけど、私を抱きたいと思うと、その途端から、私には優しくなるの。態度がね。・・・それが、私には大切だった。そして、セックスの時も、優しければ、それは最高。・・・私はその時、はじめて、男に抱かれる喜びを感じるの。・・・それは安息の瞬間。もちろん、快楽もあるけれどね。でも、それ以上に、私は誰かとつながっている、誰かの手の中にいる、というその喜びがあるの。・・・かといって、私を物みたいな扱う奴はごめん。・・・女って、結構身勝手ね。
 ・・・でも、私はこの年になって気がついたけど、若い時はわからなかった。・・・例えば、男っていうのは、賢そうな連中もいれば、さっき言ったような優しい連中もいるけど、そういう賢さも優しさも、全部、そいつの股間のチンポコ一つに操られたものだっていう当たり前の事実をね。・・・もちろん、知識としては、「男は狼」って子供のころから知ってたわ。でも、実際、そうだとは思わなかったの。
 でも、それって情けない事だと思わない?・・・ほんとに、さあ。・・・だって、どんなに賢そうな人もかっこいい人も優しい人も、そのほとんどの人が、自分のちんこを相手の穴に突き刺したいがために生み出した、一つの手練手管だって事なのよ。・・・もちろん、私だって、人の事いえないわよ。・・・いえない。・・・だけどさ、それって、情けないというか、面白い事だと思う。・・・だって、物凄くいかめしい顔したおじいさんも怖い顔したお兄さんもキリッとした青年も、みんな、自分のちんこに操られて、右に左に人生を惑わされて、ふらふらと道に迷って、そうやって路地でぶっ倒れてその儚い人生を終えてしまうのよ。・・・そう考えると、男って、結構、かわいい生き物だと思わない?あなた?・・・。股間の、あんな小さな棒一つにだまされて、自分をめちゃくちゃにしてしまう。それが男って生き物なのよ。・・・アハハ。かわいい。
 でも、私達女も、そうはいってられないけれどね。・・・たとえば、私はスポーツとか、サッカーとか野球とかを見ていても、それが全然わかんないし、つまんない。だから、それを見てると、「あ、あの男かっこいいな。デートしたいな」とか、「あの男、セックスうまそうだな」とか、「うわー気持ち悪い。不潔ーーー。あんなんだったら、年収がいくらだろうと、あんなのの嫁にはなりたくないーーー」とか、そういう事考えてしまうの。・・・女って、多分、何にもわかんないのね。・・・なんか、そう思う時があるのよ。・・・女は、『現象』がわからないのよ。さっぱり。・・・でも、愛されてるか愛されてないかとか、好きとか嫌いとか、そういう感覚だけを頼りに生きているところがあるのね。だから、どんなインテリの女も、本当は女っていうのは、現象の事はわからないのかもしれない。それで、自分の好きな人の感情だけは、男なんかよりもはるかにどこまでも正確に見抜けるのかもしれないわね。
 とりとめのない事呟いたけどさあ、私、なんでこんな事書いたのか、自分でもわからなんいだよね。文章なんて今まで、書いた事ないし。・・・でもねえ、最初に書いたけど、私ももう三十五、三十五よ!・・・ほんとに。びっくり。嫌なものだわよねえ。・・・ちょっと前までは、男はみんな私を見てる、私を抱きたがってる、そう思ってたって、何の不自由もなかったのに、それがこの間、若い男に、ちょっと恋愛の相談されてさ・・・で、まあ、そこそこ良い感じのバーで飲んだのよ。・・・で、まあ、わたしもその子が嫌いじゃなかっし、ちょっといいかななんて思って、気合入れてメイクして、綺麗な服を着ていったわけよ。・・・それで、その子の恋愛相談を受けたんだけどさ・・・それで、ずうっと話聞いてて気付いたんだけど、本当にね、私の事なんか度外視なわけよ。・・・当たり前だけど。その子は、好きな子が職場にいるけどどうしたらいいか、ってぐじぐじぐじぐじと聞いてくるわけだけど、私は、「それはね・・・」なんて言いつつ、ちょっと胸の谷間を見せたりもしてるわけ。・・・なのに、その子は、全くそれには食いついてこないの。・・・で、挙句の果てには、別れる時に、「ありがとう、話聞いてもらえて、助かりました。今度、また、お礼させてください」なんて、気のいい青年って感じで私に言うわけ。それはもちろんいい事なんだけどさ・・・私が呆然としたのは、その子と私は男女二人でこうして飲んだってのに、その子の方からは一切、私に対して「性の匂い」をさせなかったっていう事なの。・・・彼、私の事を、信頼できるオバサマとしか思っていなかった?・・・・。・・・ああ、そういう事に、帰り道で気付いちゃってね、私は愕然として、ああ、こんな風に私は順番に女じゃなくなるんだ、って思って。結婚?・・・ああ、結婚?・・・まあ、それもいいかもね。でも、私は幸福でいたいの。女で、若くて綺麗でいたい。でも、それは夢、夢ってわかってる。でも、夢は破れるものよね・・・。みんな、夢を見て生きているのかしら?・・・きっと、そうね。
 そう、きっと、そうね。テレビに出ている綺麗な女優だって、もてはやされるのは二十代前半までだもんね。・・・昔は綺麗で、男共がみんなあそこおったてて見ていた女優が年取ってどうなったとか、そんな事、世間の人にはどうだっていいもんね・・・。テレビの前に出てくるのは、いつも旬の綺麗な女ばかり。・・・それで、旬が過ぎると、どうなるのかしら?・・・寂しい?・・・・それだけで、済むのかしら?
 ・・・ああ、私、またこんな愚痴言っている。もう、駄目なのね。私も。・・・私も粘れば、あと二、三年は男を惹きつけていられるかもしれないけど、もう、多分、その先はない。・・・いや、きっとない。私はね、説教なんてした事ないけど、(そんな柄じゃないし)だけど、今、若い子達に言っておきたい事を思いついちゃったわ。・・・それはね、人生というものは、瞬間瞬間に流されては駄目っていう事。その時が楽しければいいじゃない!・・・っていうノリがあるでしょ。ああいうノリ、素敵よね。・・・私も、そうやって時間を過ごしてきた。・・・この年まで、ずっと。・・・職を変え、男を変え、化粧を変えて、何にも考えずに生きてきた。男とか酒とか、服とかバッグとかアクセサリーとか。でもね、どうやって区切っても、瞬間は瞬間でしかないのよ!・・・。瞬間は、どう積み重ねても、時間にはならない。・・・これは哲学ね。・・・そう、馬鹿な女の哲学よ。でね、そういう積み重ならなかった瞬間瞬間も、その人には必ず、重荷になる。・・・人は必ず、何にも考えずに生きていた報いを受ける。・・・どうやら、そういうものらしいわね。・・・もちろん、次のように考える人もいるわよ。「あなたはこれまでもててきたんだから、良かったじゃない。私は若い頃から、いっぺんももてた試しがない。・・・ずるいわ!」ってね。・・・でも、考えても見てよ。私の立場を。私は、『もててきた』という高いところから、これから一気に落ちていく・・・いや、今、ちょうど落ちている最中なのよ。・・・そして、この衝撃は確かに私を襲うわ。・・・それも、恐ろしい衝撃よ。この衝撃に私が耐えられるかどうか、私はそれを考えただけでも、本当にぞっとする!・・・。だけど、最初からもてなかった人には、その衝撃はない。・・・その絶望は来ないの。でも、それでも・・・っていう人はいるでしょう。・・・でも、どっちもどっちじゃないの!・・・結局、どっちも駄目じゃないの!・・・全部、全部が!・・・。
 だからね、私が言いたい事は、とにかく若い内から、周りに流されないで、自分だけの何か積み重ねるものを持たなかったらダメ、って言う事。・・・もちろん、私にそんな事、全然言う権利がないのはわかってるけど。・・・でも、積み重ねるって言ったって、それが何がっていうのかはわからないわね。・・・うーーーーん、「絵画」とか?・・・。それは、多分、各自見つけて、って事になるんでしょうけど。・・・でも、私にはほんとうにそんな事しか言う事はできない。・・ほんとうに、私は馬鹿だったのね。でも、まだ、大丈夫。当分は、私もまだ大丈夫・・・だと、思う。・・・でもね、私にはわかるの。私がこれまでしてきた事が私を裁きにかけるんだって事が。・・・結局、そんな事を、私達馬鹿な人間に対して先取りして知ってしまえるのが、偉い人の特徴なのかもね。・・・ふと思ったけど。・・・で、私達愚かな人種は、そんな大切な事、人生という大切な事を、後悔という一事によって知ってしまうのかも・・・。そして、私は今、それを知ろうとしている。後悔だけが人を賢くする。だとしたら、後悔がなかった私のこれまでの人生は愚かだったという事なのかもしれない。
 私は・・・もう言う事はないわね。サヨナラ!・・・私は私の人生に戻るわ。私はもうだめだけど、若い人、特に若い女の子は、男に騙されて、私のような人生を送って欲しくないものだわね・・・ほんとうに。・・・男がダメな生き物だっていう事を知る事が、女の最初の一歩なのだと、今では思うわ。私には・・・もう、遅かった!・・・。ああ、私の人生ってなんでしょう?・・・私、人生について考えると、苦しいの!・・・ほんとに!・・・・ほんとに!・・・。
 サヨナラ、もう、私は行くわ。私はもう、人生の事を考えない。私はね、もう、燃え尽きてやるわ・・・。そう、燃え尽きる。これから、アンチエイジングして、ジムにかよって、高い化粧品買って、それで、この美貌を最後までたもたせてやるわ。そしてそれから後・・・いいえ、後はないわ!・・・今、今が問題なのよ、私にとって大切なのは今、今なのよ!・・・そう・・・・今よ、今!・・・。私はこれから、二十年も三十年も、美しい女として、あくまでも「一人の女」として生きてやる!・・・そうよ!・・・そうなのよ!・・・絶対!・・・絶対・・・・・・・!』





                            ※※※
 

 この文章を書いたのは私の姉である。姉ーーー橘涼子は、三十九歳の誕生日に、崖から身を投げて自殺した。この文章は、私達遺族が彼女の持ち物を整理した時に出てきたものである。これは彼女の日記帳の中に書かれていた。私は、この文章を姉が残した、若い人達に向けた唯一の意味あるメッセージだと思ったので、こうしてウェブ上に発表する事にした。・・・姉は、自殺するその時まで、私達遺族にも、その暗い側面を見せた事は一度たりともなかった。姉は私達にとってはずっと、明るくで朗らかで素敵な女性であった。



                              2013年7月26日  橘章介

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   惨め


言葉によって一人歩く

孤独を嫌えば集団があって

集団には鉄の規律があるという

皆、自分を恐れる故、徒党を組み

そして徒党を恐れる事によって自己から逃れ去ろうとする

そうして、強くなったと錯覚した自分を振りかざし

人生を疾走してどこへ行こうとするのか

誰もが自分の孤独から逃れたがっている時代

僕や君がこうして孤独でいる事は良い事だ

君は決して忘れてはならない

借金まみれで死んだモーツァルトや発狂して死んだゴッホの事や

葬式に数人の知人や友人しか来なかった偉大な思想家の事なんかを

国家によって死刑にされた人類の上でも最も偉大な人間の一人を

彼らの偉大さは彼らによって発揮された

にも、関わらず、その時

彼らは途方もなく惨めであったのだ

裸足で


 「なあ、お前、将来、何になるんだ?」
 「さあ・・・まだ、考えてねえよ」
 中学生の頃・・・あるいは小学生の頃ぐらいに、こんな会話をしたという人はきっと多いだろうと思う。・・・だが、現に、この僕のように、その「将来」が来てしまった者は、かつてのこんな会話が全然間違っていた事だと、ふいに気づいてしまう。・・・将来に、何になるもクソもない。答えはただ一つ、奴隷となる事。・・・そう、どのような華やかな見かけを持っていようと、その本質は少しも変わらない。高級娼婦と低級娼婦がいた所で、どっちも同じ娼婦である事には変わりはない。・・・そして、どっちがどっちを馬鹿にするという事自体が、馬鹿馬鹿しい事なのだ。
 僕達は大人になれば、必然的に社会の車輪の中に挟み込まれて、身動きとれなくなる。そして、全ては奴隷となる。心身ともに。・・・いや、もしも、違う、という人がいれば、教えて欲しいものだ・・・。僕の言っている奴隷の意味は、「心身共に」である。自分は王だと奢っているものが、世間の脆弱な価値観にどれほど屈従しているかを指摘するのは、たやすい。
 では、希望も何もないのか?・・・然り。シオランは、うめきだけが、唯一の自由への道だ、と言っていたように思う。僕達がもがき、うめかなければ、そこには何の道もありはしない。うめきながら求める者しか認めない、とパスカルは言った。・・・だが、世の中は実に、脳天気な輩に満ちあふれているではないか?。・・・それが、絶望の形をまとっていようと希望の姿をしていようと、同じ事だ。彼らは来るべき幸福を夢見て、実に楽しそうな白痴的な笑いをもらしているか、それとも、自分達は絶望している・・・そんなフリをして、誰かの財布から金を掠め取ろうとしているにすぎない。・・・一体、どこの誰が、自分のうめきを、苦痛を大切に保存し、その日を送っているのか?。誰か、真の自由の道を知っているのか?。 
 ・・・黙れ、お前はクズだ、さっさと死ね、という言葉が僕の耳には聞こえる。僕の幻聴ではない・・・。よし、では、ここらで、僕は黙ろう。・・・だが、僕は君達が夢見ている「いつか、美女が急に抱きついてきてくれるかもしれない」「いつか、王子様がやってきて私をさらうかもしれない」「急に、宝くじがあたってハッピーになるかもしれない」的な、幸福の幻影だけは、破らせてもらおう。そこには何もない。それは希望ではない。それは嘘ですらない。それは、現実からの逃避であるが、動物以上に現実を見すらしていない人間の答えだ。・・・それこそがフィクションだ。思えば、世界は、実にフィクションに彩られているではないか?・・・好きなタレントが触ったコップには、何か、古代から変わらない、一種の神秘性が付与されているのではないか?
 ・・・いや、もう僕は黙ろう。僕も、黙らなければならない。僕にもまた、生活があるからだ。僕は言葉の上の存在ではない。僕もまた眠り、飯を食い、小便に行かなければならない。そんな事で生活が成り立っているにせよ、確かに、そういう自分を僕もまた、人々と同様に尊重しなければならない。・・・だが、僕は付言しておく。君は・・・生活に飽いても、また、必ずここに帰ってくる。どれだけ、君がハッピーになろうとも、君は必ずここに帰ってくる。・・・この言葉の闇に。そして、光の事を考えるのはそれからだ。・・・それまでは、僕達は皆、光でも闇でもないうすぼんやしたこの奇妙な世界を歩かねばならないのだ。・・・裸足で。

『私』の消失


 私の肉体は死んでいく。その事は私の魂が知っている。例え、私が死んでも、魂は新たな機械によって保存されるだろう。その事は、悪夢に違いない。私は考える。考えるのだが・・・・・・・私はただ、考える。それだけ。

 私はメイクをして、自分の顔を書き換えて、今日も外に出て行く。それは見知らぬ他人。私が永久に知る事のできない、どこかの他人。私は他人となって、この世界を闊歩する。だから、世界には他人ばかり。

 もし、私があなたに出会ってもーーーあなたが、私を抱いたとしても、あなたは私の魂のほんの一欠片も知る事ができない。それが真実。この世の掟ーーー。

 今、私は生きている。誰かに生かされているという感覚を持ちつつ。私は会社に行って、帰ってくる。・・・好きな男や友達?・・・そんなものが何を意味するか、とうに私は忘れてしまった。私は孤独ーーーいや、孤独ですらない。私は私を剥奪されている。だからーーーーー。

 もし、私が死んで、この文章が誰かの目に触れる事があったら、私の親や友人と呼ばれている人々はどう思うかしら?・・・。私は、彼らを完全に騙して生活してきた。それが、人々への私の誠実さだった。・・・私は、人が求める私を演じ続けてきた。そして、その事に疲れた。

 今、私は死ぬ事によって、本来の私に帰る。サヨナラーーーー『世界』はこれまで一度も、私に触れる事はなかった。

 私はーーー最後に水を飲む。だたの水道水。なのに、それはこの世で味わったどんなものよりも美しい味ーーーーそう、私はこの最後にこの水との接触を残して、世界を去る。そう、そのコップには私の口紅の後が残っている。それが私ーーーそれが、私の残像。さようなら、世界。



 私は消失した。

もう一人の僕から僕への詩


僕は僕が誰かを知らない

僕は僕がどんな場所にいて

どんな人間であるかを知らない



僕は僕が誰かを知らない

どこに生まれて 何を話し

何を口にして 誰を愛し

誰から影響を受けて生きていたかを

僕は知らない



僕は生きた事がない

今まで生きてきた事は一度もなかったし

これからも「生きる」事は一度もないであろう

人々が「生きる希望」や「生きる勇気」について語っている時

僕は一秒たりとも

自分自身を生きた事がなかった



僕は涙を流した事がない

僕は人を愛した事も、愛された事もない

みんなが「それ」について語っている間

僕にはその意味がよく飲み込めなかったのだ

・・・僕にはどうしてもみんなが

涙を流したり、愛したり、愛されたりする

そんな演技をしているようにしか見えなかったから



僕は死んだ事がない

僕は一度も死んだ事がない

これまで生きてきた事がなかったのだから

これからも死ぬ事はないだろう



僕は生きる事に価値を見出してこなかったし

そして、また死ぬ事にも価値を見出してこなかった

僕は僕自身である事を剥奪され続けてきたし

それはどこにいっても、どうなってもずっとそうだった

みんなが「希望」と呼ぶものは僕にはガラクタで

僕にとっての「希望」はみんなにとってのガラクタだった

いつもいつもそうだった

今、僕は世界に言いたい事なんかない

・・・だが、もし、僕に第二の心臓と脳があるのなら

それはこの言語の中に

この言葉の群れの中にあるのだ

今、僕はその事を宣言する

生きても死んでもいない剥奪された自分自身の

老いたゾンビのような肉体に向かって

僕の親友

 「所詮、世の中の連中なんて大した事ないさ。この程度だよ」
 と、酔ってきたツダは言った。ツダは、酔うといつもより三倍くらいは饒舌になる。
 「俺はさ・・・ゴッホのように死にたいんだよ。あるいはニーチェのように、ね。俺は・・・今、この世界で、誰にも自分が理解されていないという事を誇りに思っている。俺はね・・・シドウ。自分の孤独を潔癖に保ったまま、死にたいんだ。自分の孤独が真っ白な状態のまま、死にたいんだ。・・・その場所を、この、まるで新雪のように美しい俺の孤独を、世の中の連中に、誰一人として渡したくないんだ。・・・いや、ほんとのところ」
 そう言ってツダは、自分のチューハイを最後まで、ぐいっと飲み切る。僕には、ツダの言っている事が、完全には分からないのだが、その意味を把握しようと試みる。・・・僕は優しいのだ、と自分でも思う。ツダのような人間の言葉を聞く人間は、僕以外には一人もいないに違いないのだから。
 「なあ、生きる事って、どういう事か、分かるか?」
 と、ツダは僕にツダにお馴染みのーーーーーというか、飲んだオッサンに特有の(ツダも僕もまだギリギリ二十代だったが)質問を発してきた。
 「・・・さあな。どういう事なんだ?」
 と、僕は相手の話を聴く態勢を取ってやる。
 「生きる事っていうのは・・・・いや、そんな事、言うまでもないか。キミはサラリーマンをやってるんだろう?・・・。しかも、早稲田の理工学部を出た後に大手の電化企業に就職したエリートだ・・・。だったら、俺の言っている事が即座に飲み込めるだろうさ。キミが毎日毎日、やっている事・・・。つまり、インチキだ」
 「インチキなどやっていないさ。僕は・・・」
 と、僕も思わず反論する。
 「わかってるよ。わかってる。そう、怒るな」
 と、ツダは僕をたしなめるように、両手を上げて上から下へとひらひらさせた。
 「俺だってわかってるさ。キミが優秀な社員だっていう事ぐらい。キミが社会秩序を重んじ、それを形成している一人の人間だっていう事ぐらい。・・・だがな、俺の言っている事もまた事実だ。・・・いいか、生きる事は、インチキにほかならないんだ。・・・何故かって?・・・それはさ、この世界全部が嘘でできているからだ」
 「どういう事だ?」
 と、僕は眉を潜めて聞く。
 「考えても見ろよ。・・・君の企業が何を作って、何を社会に提供しているかを。・・・そして、その提供された連中が、どの程度、通俗的な生き方と考え方を持っているかを。・・・いいか、例えば、安くてうまくて早い、ファーストフードがこれだけ普及したのは良い事だ。それは間違いない。それは、『忙しい』サラリーマンにぴったりだ。・・・で、そのサラリーマンは何を作っているんだ?・・・これまた、忙しいサラリーマンにぴったりの、新たな情報サービスか?・・・いいかい、この社会は回りに回っている。世界は回りに回っているが、その全てが、一体、どこに向かっている?・・・思想、哲学、そんなものはもう廃れた。二十世紀というのはクソの時代だった。ヒトラー、スターリン。彼らがいかに高邁な哲学を語り、そして、下劣な事をしでかしたかは見てのとおりだ。・・・だがな、ろくでもないのは彼ら権力者だけじゃないんだよ。そうじゃなくて、俺達自体がとんでもなく下劣なのさ。・・・価値観?・・・俺達には、金という一つの基準、その価値観しかない。・・・どうだよ、見てみろよ?・・・政治家は、「あなたの将来を明るくします」などとぬかしているが、結局の所、それは金銭的解決の事をさしているんだよ。もちろん、今の政治家に、そんな解決はできないにきまっているが、だがな、金銭的解決がそのまま、人間の幸福に直結するとは、誰もが認めているじゃないか?・・・。右翼にしろ、左翼にしろ、同じ事だ。どっちにも、俺はうんざりなんだよ、全く・・・。じゃあ、いいか。俺が金をたんまり持っているとして、一体、どうするっていうんだ?・・・考えても見ろよ。・・・キミはすぐに、そういう立場になるに決まっているから、この事は考えてみる必要があるさ・・・本当に。キミはどうする?。高層ビルの七十五階に4LDKだか5LDKだかの住居を構えて結婚し、子供たちを馬鹿高い学費を請求する私立学校に入れるか?・・・。そして、キミはポルシェだか、ランボルギーニを乗り回すのか?。・・・いいか、よく考えるんだ。この世界は実に複雑怪奇にできている代物だが、その頭に宿っているのは、実に貧弱な観念でしかない。考える、考えるんだ・・・。大体がランボルギーニを東京の市内で乗り回す事に、一体何の意味がある?・・・ただ移動するだけなのに、別に二百五十キロで飛ばす道なんてどこにもないのに、F1レーサーでもないのに、どうしてそんな馬鹿みたいな車を乗り回さなきゃいけないんだ?・・・。シビックでいいだろ。それで十分だ。・・・教育に金をかける?・・・笑わせるなよ。全く。ほんとにさ・・・いいか、私立の高い学費を請求する学校なんか、何一つ分かっていない能なしの連中にすぎないが、彼らは、一つの事だけをわかっているんだよ。つまり、体裁を良くして、そうして金持ち連中から金を巻き上げるっていうその方法をね。・・ただ、それだけの事さ?・・・。大学?・・・おいおい、笑わせるぜ、それこそ。おい、大学教授のどこに、まともに学問をしている連中がいる?哲学?科学?・・・おいおい、笑わせるぜ。彼らは過去の哲学者や科学者やその摂理をぐじぐじといじくって、それでその日その日の金を得ている連中にすぎない。いいか、わかるか・・・。『本当に哲学するとは、哲学を馬鹿にする事だ』。このパスカルの言葉の意味を、真の意味で理解でき、そして、実行できる奴が、この世界のどこにいる?・・・おいおい、何が学問だよ。笑わせる。世界はな、インチキに満ちているんだよ。・・・もし、今の時代に、パスカルやデカルトがいたとしても、彼らは、この世界にうんざりして、どこか端の方で自分自身の真理を開拓しているに違いない。こんな馬鹿な連中と一緒につるんでたら、こっちまで馬鹿になるからな」
 「じゃあ、貧乏人はどうなんだ?金持ちよりはマシなのか?」
 と、僕は自分の興味から聞いてみた。・・・ツダは今、バイトしかやっていないから、どっちかというと「貧乏」の方に位置する。だが、ツダは「金持ち以下だよ」と半笑いで答えた。
 「貧乏人っていうのは金持ちより、ひどい連中だね。・・・全く。彼らは、妙な人権だの権利だのを覚えたので、自分達が不幸に陥っているから、金持ち連中を攻撃して、その金を横取りする権利があると本気で錯覚している。・・・いや、もうどうでもいいんだよ。全部が。・・・だって、貧乏人がステップアップすれば金持ちになるが、結局、精神の貧しさは変わっちゃいない。魂の貧しい奴はどこに行っても、あの世へいこうがどこへいこうが貧しいが、彼らの求めるのは表面的な服装の華美さだけさ。まあ、こういう言い方は、モラリスト風だがね」
 そう言うと、ツダは手近の厚焼き玉子をほうばってから、頼んでおいたレモンチューハイをぐっと飲んだ。その様子を見ていて、僕は何か言いたくなった。
 「じゃあ」
 と、僕は言った。
 「何もかも駄目なのか」
 「駄目だね」
 と、ツダはあっさりと言った。
 「最近、パスカルを読んでるんだが・・・」
 と、ツダは言った。
 「そこに『神なき人間の惨めさ』っていう事が書いてある。・・・要するに、神がいない人間は、惨めでどうしようもないって事さ。パスカルの説によれば・・・っていうかもう、普通に考えれば、王様も貧民も平民も、何から何まで惨めなんだな。・・・そして、人間はとにかく惨めだという事が、パスカルの精緻な頭脳によって論証される。あんな賢い人間は、後にも先にもいないから、あんな風に論証されたら、こっちも言い返す言葉がなくてね。・・・それで、最後には『考える』という事がある。・・・人間の栄光は考える事にある、だとよ。栄光とは言ってなかったかな・・・まあ、いいや。それで、要するに、人間は惨めで、まあ、考えたって、惨めって事なんだろうな。考えるって事は人間に与えられた恩寵なのかもしれないけど。・・・だって、そこまで賢かったパスカルは、最後にはキリストに服す事になるからな・・・」
 僕はツダの言っている事が半分もわからなかった。僕はパスカルを一行も読んだ事がないからだ。
 「じゃあ、もう、どうすりゃいいんだい?」
 と、僕はたまりかねて言った。
 「どうもしないさ」
 と、ツダは相変わらず、あっさりと言った。
 「・・・別にどうもしないよ。俺はね・・・驚くんだよ。世の中の連中が、こんなにも『自殺』というものを考えた事がない、というその事実に。日本っていう国は、なかなか繊細な国だから、自殺者の数が多いらしいがね・・・だが、どうして、誰も彼も、もっと『自殺』というものを考えないのか、俺には実に不思議だね・・・。生というのはこんなにも絶望にも彩られているのに、愚かさだけが、それを見えなくしている。だから、みんな生きる事にすがりつく。考えてもみなよ・・・」
 そう言って、ツダは何故か、両手を高く掲げて見せた。
 「考えてもみな・・・。例えばここに、自分の将来を理想化している人間がいるとする。・・・将来、自分は金持ちになるだとか、幸せな結婚生活を送れるだとか、仕事をドロップアウトして、ゆっくりした老後が送れるとか、実に様々な理想や夢がある。・・・だがな、彼らが実際に、それに出会うと、百パーセント、彼らはそれに失望する事にする。現実は夢とは違うからな。だが、彼らは、失望するまでは生きている事ができる。で、世の中の連中というのはどいつもこいつも能なしだから、失望や絶望にたどり着くまでにいかないのさ・・・。絶望にたどり着くには、パスカルの頭脳と心情を要する。そうして、あの天才は、千年に一人の人間だ・・・」
 そう言うと、ツダはどこか悪魔的な相貌になって、目の前のグラスを眺めながら話を続けた。 
「だから、俺達の生を救ってくれているのは、俺達の愚かさなんだよ。・・・それ以外にないんだ。・・・全くの所。・・・いや、ほんとうに。・・・例えば、俺達の目の前には断崖絶壁がある。そこに落ちたら、間違いなく確実に『死』だ。そして、俺達はみんな、背中の方から、化け物に追い立てられていて、そうして少しずつ、その崖の方に近づいてくしかない。・・・で、この化け物って奴も巧妙で、意地悪いから、俺達をちょっとずつ、ちょっとずつ、その断崖の方へ行くように仕向けるんだな。・・俺達に逃げ場はない。だから、みんなで、その断崖の方へ進んでいかざるを得ないわけだ。・・・で、だ。ここで、俺達を救うのは何だと思う?・・・あるんだ、俺達を一つだけ、救う方法という奴が」
 ・・・そう言って、ツダは天に向って指を一本立てて見せた。
 「それこそが『愚かさ』っていうわけだ。・・・つまりな、俺達は、念じるんだよ。次のようにな。『あの先は断崖じゃない、天国だ。あの先は断崖じゃない天国だ、あの先は断崖じゃない天国だ・・・』。で、これをしまいには、みんなで合唱するんだ。『あの先は断崖じゃない!天国だ!』・・・もうみんなで大声張り散らして大合唱さ。・・・すると、その先は本当に断崖じゃなくて、天国に見えてくる。・・そしてついでに言えば、俺達を追い立てている化け物だって、その内、俺達を天国へと促す天使の群れに見えてくるかもしれないな。・・・まあ、これが世間で言うところの『希望』って奴だ。・・・物が見える人間には絶望しかないが、物が見えないという事が人を救う。俺達がこんなにも元気溌剌で、明日への希望なんて言っている事ができるのは、全部俺達の愚かさのためさ。俺達は目が見えないから、未来は明るいと、勝手に愚かな想像力を羽ばたかせられるのさ」
 そこまでツダは言うと、持っていたグラスを置いて、目を閉じた。・・・僕はそこまでツダにまくしたてられて、何も言う事ができないでいた。自分の内心の中にはざわついていたものがあったものの・・・。
 僕は店員を呼んで、水を二つ頼んだ。もうそろそろ潮時だったし、ツダももう随分と酔っているようだったからだ。・・・そして、その時、ふと、一つの疑問が浮かんだ。
 「だったら」
 と、まだ目をつむっているツダに僕は話しかけた。
 「君はどうするんだ?」
 ツダは目を開いて、うろんな目をこちらに向けた。
 「もし、絶望しかないのなら、どうするんだ?自殺するのか?」
 それはシビアな質問だったが、僕は、聞かないわけにはいかなかった。
 「どうかな?」
 と、ツダは酔った目を宙に漂わせた。
 「・・・さあ、まあ、自殺する時は自殺するさ。だが、俺はこの断崖を楽しむかな・・・。もしかしたら、俺には、絶望を楽しむ事ができるかもしれないし・・・」
 そう言いながら、ツダはこちらを見て、ニヤッと笑った。
 「それに、この怯えた子羊のような人々の動きは、見物するのに楽しいかもしれない・・・。まあ、俺も落ちる一員なんだけどな・・・。問題は、沈没する船の中にいて、その事を知っている人間と知らない人間がいるって事だ。俺は・・・・・そうだな・・・・」
 と、ツダはもう一度、目線を上げて考えようとした。そして、その濁った視線は宙を這った。
 「さあ、どうするかな。どうするか・・・」
 ・・・・・・・そう言って、ツダはテーブルに大きな音を立てて、崩れ落ちた。持っていたグラスが割れ、氷が中から飛び出してきて、僕の服に当たった。店員と客が同時にこっちを見て、店員がパタパタとこっちに走ってくるのがわかった。



                             ※

 僕はツダを自分のアパートまで連れて行く事にした。僕はツダを肩にかついで店を出ると、タクシーを呼んで運転手に僕のアパートまでの住所を告げた。ツダはタクシーの中では、ぐっすりと眠っていた。僕はその眠り顔を見ながら、やれやれ、何故こんな友だちを持ったのか、と半ばは本気で、半ばは冗談で考えた。・・・だが、と僕は考えた。こいつは、会社で会う人や、大学でできたどんな友達や恋人とも違った毛色の人間だ。こいつは・・・・異常な人間だ。そして、何かを持っている・・・。
 アパートまでつくと、タクシーの運転手に礼を言い、何とか階段を登って、ツダを僕の部屋の中に押し込んだ。そして、ツダの頬を軽く叩いて、目を覚まさせた。
 「おい、起きろ。僕のアパートまで連れてきてやったぞ。おい」
 あ・・・・?、と言って、ツダはようやく少し意識を取り戻した。僕はツダを連れて行き、僕のソファーに寝かせた。ツダは薄く目を開きながら、「悪いな」と、老人のようなぼそぼそしたか細い声で言った。
 「おい、ツダ」
 と、僕はまだ、意識が半分くらいしか戻っていないツダに向かって言った。・・・僕は飲み屋で言われた事の復讐を、今、果たそうとしていた。
 「お前の絶望の哲学は、こんなものか。お前の大層な言葉、その哲学の結論は酔いつぶれて、その挙句、友達のアパートに連れて帰ってもらう、そんなことなのか。それがお前の哲学の答えなのか?」
 ・・・だが、ツダは聞いていなかった。彼は目をつむり、その意識はまた闇の底に戻っていた。・・・やれやれ、と僕は呟いた。こいつは多分、その言葉とは逆に、そんなに簡単に死にはしないな・・・と僕は思った。だが、もし、そうだとして、そんな風にして死なずに生き続けるこいつの人生とは一体、なんだろう・・・?。
 だが、僕はそんな抽象的な思考を続ける事はできなかった。・・・大体、そんな小難しい事を考えるのは僕の得意とする事ではない。それをするのは、こいつーーーツダの仕事だ。
 やれやれ、と僕はツダに薄い上掛けをかけながら呟いた。僕もシャワーに入って、寝なければ。僕は平凡人だ。月曜になったら、月給もらう為に仕事へいそいそと出かける平凡人なんだ。僕も酔いを覚ましてから、寝なければ。
 ・・・翌日、目覚めると、ツダはソファーの上から消えていた。そして、その上には「昨日は悪かったな」という小さなメモと共に、タクシー代と書かれた紙切れもあった。そしてその紙切れの下には、五千円札が一枚置いてあった。

貫いて



君は何故

詩を書くのだ

誰かに褒められたいからか それとも

誰かを絶望に叩き落としたいからか

例えば、政府や政治や世の中の連中に不満があって

それを言葉に書き写して

それで満足できるほどに 君の絶望は

浅いのか

あるいは、君は大衆達と同じように

生を鼓舞し、生に妙なポジティブな衣をまとわせるために

言葉を利用するというのか

ポジティブもネガティブもない

ありのままのこの途方も無く残酷でしかも優しいこの世界を

そんな自分自身を直視したまえ

法律は整備し、秩序は整理するかもしれないが

君が死んだ時、本当に君を慰めるのは

葬式屋でも親でも恋人でも友人でもなく

君が一つの微粒子に転じて、この世界に再び

還っていくその様だ

そう考えれば、ダニ一匹ですら

君に関係がないとは言えなくなるだろう

だから、君は全てに関係する

君自身の死をもって

・・・何故、君は詩を書いているのだ

君の言葉はこの思考の闇を

どこまで貫いてくれるのか

僕はそいつが見たいのだ

先輩との話

 大学の先輩が、昔、僕に言っていた事が、ふと思い出される事がある。
 「お前は考え過ぎなんだよ。世の中なんてな、要領よくやりゃあいいんだよ。例えばなあ・・・ほら、あそこに女の子いるだろう。今から、俺が声をかけるからな、見てろ・・・」
 そう言って、先輩は、その女の子に声をかける。・・・その女の子は、ちょっと清楚風のお固い化粧で、日傘なんかを射していた。誰かを待っている様子・・・あるいは、デート相手の彼氏を待っているのかもしれない・・・。
 だが、その三分後には、先輩はその女の子を引っ張って、僕らのいた所まで戻ってくる。・・・先輩はイケメンだし、それに口も達者だった。・・・しかし、それにもましてすごかったのはその度胸だった。ハッタリをかます、その度胸だった。・・・「世間なんて所詮、ハッタリでできているから、いかにハッタリかますかが問題なんだよ」と、先輩は、よく言っていた。
 先輩は女の子を連れて、僕の所に戻ってくる。そして、その第一声。
 「・・・こいつは、俺の後輩のミネギシ君って言うんです。・・さっき、こいつと一緒に歩いていて、あまりにも美しい女性が目に止まったんで、俺はこいつをほっぽり出して、あなたの所まで来て、こうして口説いてしまったというわけなんですよ・・・。・・・おい、ミネギシ、挨拶しろよ。この人は、世界一の美人、この人混みの中でも一番美しく輝いていた令嬢だぞ・・・」
 そう言って、僕はその「令嬢」に挨拶をする。「令嬢」はもちろん、僕なんか気にも留めていないのだが、一応は、軽い挨拶を返してくれる。
 「おい、ミネギシ。この人はなあ、今、彼氏と待ち合わせしていたんだが、俺がどうしても五分だけ時間をください。あなたの一生で、最も輝かしい時間にしてみせますから・・・。と、言ったら、快く応じてくれたんだよ。・・・いや、もちろん、わかっているさ。この人が、そこらの尻軽女とは違う、という事は。ね、そうですよね。(そう言って、先輩は女の方を見てニッコリと微笑んだ。女も微笑む。)・・・俺はな、ミネギシ、この人にこう言ったんだよ。・・・女性っていうのは、誰でも、幸福になる権利がある。・・・それは、絶対にある。そして、女性の幸福はつとに男性にかかっている。だから、女性は男性を選ぶ権利がある・・・。俺はな、一つの当然の疑問を提出したんだよ、ミネギシ。つまり、今、この人が待っている彼氏は、あなたを本当に幸福にできる男でしょうか?本当にそう思えるでしょうか?・・・って、な、あなたほどの人なら、もっと、素敵な人が待っているはずだ。そして、俺こそは、それに値する男なんだって、な・・・。っていうわけで、ミネギシ、俺はこの人とデートしてくるわ。悪いな。もうこの人も・・・その彼氏に、断りのメール送ったって言うからさ・・・。そもそも、その彼氏は今日のデートにすでに三十分も遅刻してるんだぜ・・・ひどい話だろ?・・・。こんな美しく素晴らしい女性を三十分も待たせるなんて、俺には考えられんな・・・。じゃあな、ミネギシ。また、大学で会おうぜ」
 そう言って、先輩はその女の手を取って、この真昼間の都会の中、どこかに消えてしまった。僕は一人取り残されて、ため息をつきながら、思ったものだ・・・。やっぱり、先輩には叶わないな、と。
 

 ・・・僕も大人になって、色々な事が分かるようになった。先輩の事、彼の事を羨ましいと思っていた自分、そして、そういう自分も、先輩もまた、おそらく間違っていた事も・・・・。・・・先輩は、そうやって、ナンパした女と消えた翌日に、僕と大学で会った時、次のような事を言っていた。
 「よう、ミネギシ。昨日は悪かったな。・・・途中で消えちまって。まあ、俺も、一発で釣れるとは思ってなかったんだよ。俺の美貌と喋りがあるにしてもな・・・ハハ・・・。でな、俺とあの女(名前はもう忘れちまったよ。なんでも、どこぞの良い大学のお嬢さんらしい。)が、昨日、どこまでいったか、わかるか?お前。・・・いいか、あのな、俺は昨日のあの女とホテルまでけしこんだんだよ。・・・いや、本当に。あの女、意外に淫乱でな、めちゃくちゃあえいでいたよ。セックスの時にな。・・・で、俺は、あいつに、枕元で、あの女への永遠の愛を誓ってやったんだ。愛してる、とか、めちゃくちゃかわいいとか、君ほど素敵な女はこの世のどこにもいない、とか、できるだけ月並みな、馬鹿な女でもわかるセリフをたんまりと使ってな。・・・で、その手には、例によって、俺が作ったメモを握らせたんだが、そこにはもちろん、俺の偽の名前と偽のメールアドレスが書いてあった。・・・で、俺がこんな事で、罪悪感を感じると思うか?え?・・・お前はどう思うんだ?」
 「感じませんね」
 と、その時の僕は言ったものだ。
 「先輩がそんな事、感じるはずがないですね。むしろ、それを誇りに・・・」
 「さすが、俺の後輩だ」
 と、先輩は満足そうに頷いた。
 「・・・いいか、こんな事で、女を騙した・・・なんて、罪悪感を感じる奴はバカだ。いいか・・・セックスの時には、あの女はあんあんとあえいでいたんだぞ・・・それこそ、満足していたわけだ。あのバカ女は。・・・だからな、嘘をついたとか、そんな事で罪悪感を感じるのは間違いだ。大体が、その時、いい気持ちになりゃあ、人生なんてのは、それでいいんだよ。・・・わかるか。永遠とか真理とか、そんなものを追っている哲学者とか、作家とか、そういう連中を俺が嫌っているのは、そういうわけだ。・・・あの女は、すぐに、俺にだまされた事に気づくだろうが、しかしなあ、それは後に残らない、美しい清い体験だったんだ。・・・俺はあの女を、一人のお姫様として、扱ってやった。俺は、あの女に、美しい夢を見せてやったんだ。・・・もちろん、実際、あの女というのは、無数にいる女の中の一人にすぎない。あの程度の女、腐るほどにいる。それが、真実だ。だが、俺は違った。あの女に夢を見せてやった。嘘という素敵な夢をな。そして、俺が夢を見せてやる代わりに、あの女は俺に股を開いてくれた。・・・だからな、こんな事で、あの女に罪悪感を抱くのは、徹底的に間違っている。むしろ、俺はあの女に感謝してもらってもいいくらいだ。違うかい?」
 ・・・先輩のその雄弁に、その時の若い僕は、心ときめかせた。先輩は行動力があり、モテて、なんでもできるスーパーマンだった。英雄だった。その時の僕には。そう・・・・・・その時の僕にとっては。
 先輩はやがて、大学を卒業すると、その持ち前の行動力と、嘘八百をつく能力をふんだんに使い、ある有名な一流企業に就職した。その企業にうちの大学から就職したのは、先輩が始めてだった。・・・それほどまでに、先輩の能力は・・・もとい、能力のある振りをするという能力が高い人間は、先輩の他には一人もいなかった。
 


 それから十年の歳月が流れた。先輩は、今は三十三歳であり、僕は三十歳になった。十年の時の分、それだけ、年齢を重ねたわけだ。当たり前の事だが。・・・だが、その十年で全ては一変した。たった十年・・・されど、十年、だ。
 僕はそれから、色々あって、ニートをやったり、会社員をやったりした後、フリーターに落ち着いた。それから、二十五から音楽を始めた。その事を誰も咎めも褒めしなかったし、その事を知っている人間は僕意外にはほとんど一人もいないのだが、僕は、それを淡々とやりつづけている。それはまだ形にはなっていない。だが、やがて『形』になるだろう。・・・才能の有無に関わらず。
 先輩の事について、僕は何にも知らなかった。・・・ただ、あの特異な人物の事を、ふと思い出す事はこれまでにもたびたびあった。そして、そんなときにはいつも、先輩は、今もあの調子のまま、上手くやっているに違いない・・・と思うのだった。先輩はきっと、死ぬまであの調子で、朗らかに生き続けるにちがいない。
 その先輩から、昨日、急に電話があった。・・・それは深夜一時の事だった。実は、僕がこの小文で書きたかったのは、そのことなのだ。


 
 携帯が鳴り、それを手に取ると、そこには先輩の名前が映し出されていた。それを見た時、僕はもちろん驚いた。それは、先輩がこんな時間に、僕に電話をかけてきたという事に対する驚きだったのだが、それ以上に、僕が先輩の電話番号をまだ電話帳から削除していなかった、という事に対する驚きだった。・・・僕は困惑しつつ、電話に出た。
 「よう、ミネギシ」
 と、先輩の、昔懐かしのあの明るい、朗らかな声が聞こえてきた。・・・だが、その声は、何かのフィルター越しのように、どこかくぐもって聞こえた。
 「よう。どうだ?調子は?・・・悪いな、こんな夜中に、電話しちまって」
 ・・・僕は、昔の先輩を思い返しつつ、自分の事を、少し話した。自分の今の境遇、自分の今している事・・・・それを話すのに、五分とかからなかった。・・・大体、僕の人生は、三分でダイジェストが効くような代物なのだ。
 「・・・そうか。なるほどな。そんな事になってるとはな・・・」
 そう言って、先輩はほんのすこし沈黙した。・・・まるで、何かを言い出す為の、間合いを計っているような沈黙だった。僕はすぐにピンときて、ああ、嫌な感じがするな、と思った。・・・例えば、そう、十年ぶりにあった友達に急にマルチ商法をすすめられる、その直前の、話の切り出しを待つかのような。
 「・・・ところで、お前、金、もってるか?」
 ほら、来た、と僕は思った。金ですか?・・・と僕は言いつつ、その後に先輩が語り出した話を全部聞いた。・・・それは実にありきたりな話だった。
 同僚の女を妊娠させてしまって、困っている。それと共に、その事が嫁にバレて、嫁は離婚を持ち出してきている。慰謝料を払うとなったらバカにならない、それに、また、それとはちょっとした別件で、お前に、信用のある家柄の友人という役柄を演じてもらう必要があるんだが・・・などという事を先輩は話した。僕はその身の上話を全部、上の空で聞いていた。僕は携帯を耳に当てながら、PC画面を開いて、エロサイトを見たり、TwitterのTLを眺めたりしていた。
 「ほんっとにバカな女共なんだがな」
 と、先輩は言った。
 「あいつら、バカの癖に、人権だの権利だの、弁護士を雇うだの、また、愛の欠如だのなんだのって・・・・本当に笑わせやがるぜ。だが、ほんとに困ってるんだ。・・・頼りになるのはお前だけなんだぜ、なあ、頼むよ。ミネギシ」
 と、先輩は言った。・・・僕は先輩の話の途中から既に、面倒くさいな、という気持ちになっていた。
 「先輩」
 と、僕は言った。
 「僕で何人目なんですか」
 「は?」
 と、先輩。
 「それを頼むのは、僕で何人目なんですか?・・・僕も、見くびられたもんですよ、先輩。・・・僕は先輩のその手口、『お前だけが頼り』っていうそのセリフ、そのセリフの正体をさんざん見せてもらったんですよ?・・・。手品のタネを明かした相手に、その手品をするっていうのは無意味でしょう」
 先輩は急速に黙り込んだ。
 「先輩。先輩は、あまりにも変わらなさすぎているんですよ。きっと。・・・馬鹿にも復讐心はあるし、人権だってあるし。先輩はその事を忘れていたんですよ。全くの所。先輩・・・・・あなたの会社での立ち位置って、どうなんです?・・・まあ、今も同じ会社にいるかどうかわかりませんが。・・・どうせ、最初は威勢よく、仕事ができる奴っていう振る舞いで、誰からも朗らかで好かれたりして、そして女達からも慕われたのかもしれませんが、その内、社内の女に手を出しまくっている事がバレて、会社内での立ち位置が悪くなる。そして、別の会社に行くとかね・・・。先輩、そんな生き方をしているんじゃありませんか?先輩?・・・・でも、先輩、自分のテーゼを思い出してくださいよ。先輩・・・・今が良ければ、それがベストなんでしょう?「今」が、最高なんでしょう?先輩?・・・でも、先輩。先輩は、自分が積み上げてきた『今』に裏切られているんですよ。今、この瞬間にね。そして、それが先輩の『今』なんですよ・・・・・・・」
 先輩はむっつりと黙り込んでいた。・・・先輩は、もう僕に対して言うべき事が何もないみたいだった。・・そして、おそらくは本当に言う事がなかったのだろう。先輩は僕に説教を受けに電話してきたわけではない。・・・はっきり言って、彼は高級な乞食のように、僕に物乞いをしにやってきたのだ。・・・もっとも、人間というのはみんな、大なり小なり乞食にちがいないが。
 「・・・・お前、変わったな」
 と、先輩はぽつりと言った。・・・それは僕が知っていた、『強くて格好いい先輩』とは全然違う先輩だった。
 「・・・お前は強くなったよ。俺と違ってな」
 と、先輩は吐き出すように言った。僕はその時、何故だかーーーーー有頂天のようになっていた。多分、足をもがれたバッタを踏み潰す子供のように、残酷な気持ちだったのだろう。
 「先輩・・・先輩、元気だしてくださいよ。お願いだから・・・・先輩。あの時の、力強くて、格好良い先輩を、もう一度見せてくださいよ。・・・俺達一年坊に・・・・ハハ。先輩・・・先輩なら、まだできますって。例えば。資産家の婆さんに甘い言葉を吐きかけて、一億二億ふんだくるとか。そうだ、ドバイにビルをもっているどこかの国の御曹司の振りでもすればいいんですよ。・・・それで、国に帰れば、自分の金はうなるほどあるけど、今ちょっと、とある事情で無くなっちゃったんだって・・・。どうして、日本語がそんなにうまいんだって?・・・え?・・・それは、二年ほど、学生時代に留学してたからですよ。日本に来るのは二度目なんだ。そう・・・・それで、話が矛盾するようなら、「好きだ」って言って、抱きしめれば、それでいいでしょう?そうじゃないですか?先輩?できるでしょう?」
 「お前がやれよ」
 と、先輩は冷酷な声で言った。
 「僕?・・・僕には無理ですよ。先輩、僕と先輩じゃ、もっている哲学が違う。いや、それ以前に、僕なんかの落ちこぼれじゃあ、そんな大役はできっこない。・・・言ったでしょう?・・・僕は三十にもなって、フリーターですよ。人間のクズ、落ちこぼれです。友達もいなけりゃ、彼女もいない。先輩みたいに、明るく朗らかでもなければ、他人に気の効いた嘘一つつく事ができない馬鹿なんです。そして、馬鹿は馬鹿にふさわしい境遇に落ち込んだ。・・・それが、僕の『今』です。先輩、僕じゃあ、無理なんですよ・・・先輩のような、『選ばれた人間』じゃないと、成功はおぼつかない。先輩・・・もう一度、立ち上がってくださいよ。あの、大学の頃のかっこいい先輩を、もう一度僕らに見せてくださいよ。女なんて、そこら辺に転がってますって。あいつらは、先輩の素敵な嘘に、やっぱり昔と同じように、うっとりとしますよ。そして、そこから、いくらでも金を引き出せばいいじゃないですか?・・・先輩、もう一回、花を咲かせてくださいよ。おねがいしますよ・・・ハハ。もう一回、どこかの企業に就職して、その会社から金かっぱらったっていいじゃないですか?・・・。いや、モテる為の方法論を書いて、馬鹿な十代の童貞のガキどもをだまして、まきあげたっていいじゃないですか?先輩、先輩・・・・・・?」
 ・・・・・・・・・・もう電話は切れていた。・・・僕は気づかずに、回線の向こうの虚空に向かって、一人しゃべり続けていたのだった。・・・僕もまた、回線を絶った。プチッ。
 電話が切れた後、僕は腹が減ったので、冷凍庫から冷凍のチャーハンを取り出し、レンジにかけてあっためた。そして、それがあったまるまでの六分三十秒の間、先輩の事を考えた。先輩はどんどん、明るく朗らかではなくなっていったに違いない・・・この十年で。十年。・・・何もかもがすっかり変わってしまった、と僕は思った。
 そして、僕は夜更けの台所で、一人チャーハンを食べ、冷蔵庫から取り出してきた残りのワインを飲んだ。・・・ワインは渋くなっていて、チャーハンは塩辛すぎた。・・・これが底辺だ、と僕は、ふと声に出してみた。ああ、せめて、夜明けだけでも来ていればなあ・・・そんなとめどない事も、僕は、食いながら、口に出してみた。そして、その言葉の全部が嘘だった。僕は、その事を知っていた。
 先輩・・・・・と、僕は深夜の虚空のなかで、その言葉がこだまするようなイメージで、先輩に向かって呼びかけた。それは、心の声だ。
 「先輩・・・・あなたはやりすぎたんですよ。報いを受けてください。報いを・・・・・」
 しかし、とその後、僕は考えた。・・・何も、報いを受けるのは、先輩に限った事ではない。この罪を背負った全人類、だまされた奴もだました奴も、一様に報いを受けるに違いない・・・・何故だか、僕は、そんな事を考えた。・・・そして、食べ終わった食器と、グラスを流し台に放り込んだ。
 さて、明日のバイトに備えて、もう寝るか。

ヒトラーのように




君がもし、この社会の階段を駆け上りたいなら

公然と嘘をつく事を覚えたまえ

君は君自身が思い、自覚している以上に

遥かに立派な大人、かっこいい男を演出してみたまえ

そして、そのついた嘘を自分自身誰よりも

真実だと思い込む事だ

すると、順に他人もそれが本当だと思い込むようになる

就職面接、街頭でのナンパ・・・どの場面でも

自分という嘘を突き通す事が大切だ

そして、メディアの前に出る事ができれば

君は晴れて、この世界全部を騙す機会に恵まれたという事になる

そこで、君はいつにもまして大きな声と身振りでわざとらしく

持って回った自分の嘘を思い切り振りかざす

すると、世界は騙される・・・君は君という虚構でできた一つの現象となるだろう

そうして、君はこの虚構の世界で虚構の王となる

だが、君はその時、ふいに寂寥を感じるだろう

もう騙す相手がいなくなった君の前に、君が騙しそこねた

本物の君が現れて、そして、次のように告げるだろう

「世界を騙せても、僕は騙せない

だって、僕は君で、君は僕なのだから」

その時、君は、机の中に入っているピストルを取り出して

そして、自分の脳天を貫くだろう

この世界全土を騙しても自分を騙しきれなかった

あのアドルフ・ヒトラーのように

想い

 


誰にも聞こえない言葉を一人静かに独語する事

騒々しく騒ぐ世間の波音を背に

一人、自分と対話する事

石を投げつけてくる人間に対して

その時になれば、絞め殺すぐらいの覚悟を持ちつつ

微笑している事

人が誰であれ尊重する事 そして

人が誰であれその人が何を言い、何をしたかによって

徹底的に軽蔑すると共に、最大限に敬う事

そして、それら全てを一人の人間として行う事

人生というものがもし、一つの巨大な闘争であるとするなら

その闘争を最大限に楽しむ事

そうした事共が人生であり

人生を捨てた敗者の喜びでもある

・・・僕は今、じっと手を見て

それらの事共を想った


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