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物と精神

詩・小説・批評・哲学など テーマは「世界と自分のあり方」全体です

  放課後の図書室






  放課後の図書室


 私は放課後の図書室にいた。・・・誰かが、私を呼んでいる。そんな気だってする、そんな淋しい場所だ。放課後に用がある人は少ない。受験の為に残って、勉強するぐらいの人だ。・・・だけど、私の学校の図書室は昔の校長だか誰だかが本好きで、ある時、図書室を大がかりに改築した為に、とてもがらんとして広いのだ。・・・だから、図書室の奥の方には、誰もいない。・・・そこで、私は書棚に隠れて、誰も見えない。・・・私はその古びた空間が好きなんだ。
 そこへ夕陽が射す。・・・私は本の中に埋もれて、あの古書が出すつんとした埃っぽい匂いの中で、もう千年も万年もそこで読書を続けてきた偉大な学者のように、佇む。・・・私は一人だ。「ぼっち」なんて言われるけれど。
 ・・・私は木村君を思い出す。・・・嫌だ。吉仲さんを思い出す。・・・嫌だ。マッチョの木村先生を思い出す。・・・嫌だ。・・・ああ、私はもう何だか、嫌だ。・・・私には、みんなが怖いんだ。どうやったって、皆と一緒に朗らかに笑う事ができない。・・・ある日、クラスの中でいつも目立っている佐伯君が、私の席に来て、言った。
 「お前って、ダサくて、モテねえのな。クラスからはぶられても、当然だわ」
 ・・・私は、何か言い返したかったけど、何も口から出なかった。耳たぶが赤くなって、心臓がドクドクして・・・辛かった。何人かが、少し離れた所で、「ぎゃははは」って笑った。佐伯君は、私の席からすぐに去っていった。私は・・・何も言えず・・・一人で・・・恥ずかしかった・・・。私はただ、一人でそこで耐えるしかなかった・・・。


 私は今、放課後の図書室にいる。ここはまるで、学校ではないみたいな、そんな、隔離された場所・・・。、塾とも、学校とも、家とも違う、そんな場所。私には、私という女には、この世界のどこにも居場所がないーーー。でも、放課後の図書室、この場所だけは、私の居場所。そんな気がする。
 夕日が差して、眩しい。私は世界の中で取り残される。・・・静かだ。隣の部屋で、演劇部の練習が、まるで古い壊れかけのラジオでも聞くみたいに、壁越しにぼんやりと聞こえる。・・・今日、私は、日が完全に沈みきるまで、ずっとここにいよう。・・・そうして、私はあのいつもの登校路を通って、家へとたどりつくのだろう。それでも、私の心は、私の魂は、この放課後の図書室に残ったままだ。

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精霊への解脱

   精霊への解脱



白い慰謝が俺の肩を

まるで虎のように喰った

淋しさは秋のように夜の方へ

・・・今、俺の言葉を直知できるやつはいない

だから、俺はいつも精霊達と戯れている・・・

お前達、たまには我が家におかえり・・・

あの大地の母に、貴様らの接吻をくれておやり・・・

精霊達は、いやいやと首を振って、まだ、俺と遊ぶという・・・

あの木立で風が鳴っているのは、大地の母が

お前達を呼びに来た証拠なのだよ・・・

精霊達は群を成して、霊火を残して帰って行った・・・

そして、俺がそんな奴らを見送っていると、人々がやってきて

「このキチガイ!・・・お前は誰と話していたんだ!」と叫ぶ

・・・だが、俺の目にはもう君達の姿は見えていない

いつの間にか、俺もまた精霊の一人になっていたからだ

 世界滅亡の日に

 


君は笑っている いつでも

世界が遠のいて 僕はわずかに

風の潮騒を感じるんだ・・・

世界が滅びた後もなお、瓦礫は残っていて

そこで、やっぱりコオロギ達が秋になると鳴き出すのだろう・・・

世界が例え、滅びたって

君があの時、僕にしてくれたキスの味は

古代以来の変わらぬ世界観を僕にもたらしたのだ・・・

世界が一変する時、君はスカートを翻して、どこかへ行ってしまう・・・

まるで、あの瞬間は幻だったかのように・・・

それでも、僕の中にはまだ「君」が残っていて

それは幻の上に現実よりも強く立っていた

・・・僕はそんな君の幻像にキスをしたんだ・・・

世界が滅びて行くその日に・・・

  寝床の願望



白く発光せよ、言葉よ

お前は誰のものでもないのだから・・・

今、ひとひらの俺の悩みが蝶のように舞い行く時、

俺の孤独は極まっている・・・

人間共あろうものが陋劣な魂の監獄へと入れられ

肉体を謳歌できないとはどういう事か?

全てがバーチャル・システムで代替できるのであれば

俺の衣服は透けて、俺は消えてなくなるであろう・・・

だが、その後には静謐な悲しみが一つ残り

それは人々に踏みにじられる事によって永遠を謳歌する

「屈辱の中で死にたい」という王を超える願望を 俺は

毎夜、寝床の中で絶えず念じてから、眠りに入るのだ・・・




   孤独


俺という透明な存在の前に

もう一人の俺がやってきて語る・・・

「お前は確かに、他人に作られた傀儡ではないかもしれないが

自分で作った造形物の傀儡に過ぎない・・・」と

「それこそ、俺の望んだ事だ!・・・お前に何が分かる?」と俺は叫ぶが

その時、もう一人の俺はもうそこにはいない・・・

朝、目覚めると、俺のTシャツは汗でぐっしょりと濡れていた

俺はそれを洗濯カゴに放り込む為に

誰もいない廊下をそっと影のように横切った

透明な朝の中を、一人

鴎外の越えられなかった一線

  


 鴎外は漱石が越えた一線を越えられなかった、という説がすでに出ているのか、どうか、私は知らないが、とにかくそうだと思う。
 この意味は別に鴎外の文豪としての意味を貶めるものではない。・・・だが、その事を、鴎外自身は感じていたのではないか。・・・だから、彼は死にあたって、その簡潔な遺書ではじめて、自らが本来越えるべき一線について、少し触れたという事になる。
 この一線の意味というのは、私にとっては至極明瞭である。・・・「青年」や「雁」はすぐれた青春小説であり、また恋愛小説である。・・・だが、それは社会の秩序を踏み越える一歩手前で留まる。・・・他方、これと同じラインに属する漱石の作品では、例えば「三四郎」などがそうである。そこでは、微弱ながら、不安と、極限を越える一歩前までの営みが行われる。・・・だが、ここで、漱石は一線を越えた。それはおそらくは、大学教授を辞めて朝日新聞に入社したという事と関係のある事柄であり、また、心理的に一線を越えた劇的な事件としては、物語の線越えと同期するのかもしれないが、私は特にその事について深く詮索したくはない。優れた物語を作者の現実生活に結びつけ、現実の内に埋没させようとする努力ほど、芸術を死に至らしめたいという無意識の内の願望を語るものはないからである。
 漱石の越えた一線とは何か?。それはもちろん「それから」である。この作品が、何よりもすべての始めである。ドストエフスキーにとっては、「地下室の手記」ついで、「罪と罰」として現れた、最初の物語が、漱石にとっては、「それから」として、現れたという事になる。
 ここで、私達は、またしてもフィクションと現実との相関関係について、しっかりと考えみなくてはならない。・・・簡単に言って、ドストエフスキーの「罪と罰」、漱石の「それから」は、共に、新たに人間が生まれる営みを描いた物語といってよいだろう。・・・人は生きているだけでは生きている事にはならない。だから、彼らの物語の主人公は、この世界を捨てて、生きようとする。そして、この新生の物語が、彼らの作家としての、最初の自己発見の意味である。
 ・・・では、齢四十を越え、社会経験もあらゆる苦難も舐めてきた彼らが、こうしてその年にして、いきなり極度の若々しさ、青年の物語、新生のストーリーを描いたというのは一体、どういうわけか?・・・彼らは、家庭も持ったり、結婚もしていたのだろうが、それにも関わらず、物語の主人公はまるで、彼らが安定と安泰へと突き進むのとは全く逆に、混沌へと、全く未知の世界へ飛び出そうとするのは何故か?
 ここには、通常考えられないような、芸術家としての自己と、社会生活をする者としての自己との、極めて特徴的な相反関係がある。一口に言って、人は、芸術家として生きようとする時、いわば、この世界で生きている生としての自己を、蛇がその抜け殻を残すように、置いていってしまうのである。
 ・・・考えてみよう。ドストエフスキーは限界に達した。夏目漱石もまた限界に達した。・・・彼らは、社会生活の中で、安泰へと近づく。彼ら自身の、この世界の遍歴の物語は、こうして終焉を迎える。だが、その終焉はまた新たな物語の始まりである。・・・彼ら自身が断念した場所、あるいはたどり着いた安定、死と生の始まりが集約される一点から、彼らの物語の主人公達は、再び始動しはじめるのだ。
 これに比べれば、鴎外においては事情は異なる。おそらく、彼は社会生活をする自己に対して、死を認めなかった。彼もまた安泰したのかもしれないが、しかし、彼は自らの死と取り替えに芸術家としていわば「生まれ変わる」という事を、良しとはしなかったのである。だからこそ、彼は、漱石やドストエフスキーが越えた一線を越える一歩手前で踏みとどまったのである。
 そして、鴎外は、死を前にして遺書を残した。・・・そこにはこうなっている。「余は石見人森林太郎として死せんと欲す」。鴎外はいわば、感じていたわけだ。自ら越える事ができなかった(あるいは拒否した)一線が、死という形をとって自らに襲いかかってくるのを。・・・ここで、本来は鴎外は芸術家として転生すべきであった。だが、すべては遅すぎたのだ。

    詩



空の中の光が走り出す

「今」は、いつも時の中にある

詩が無用だと人が笑う時

俺の心は震えている、だが

今日も遠吠えをするあの狼達は

どんな人間共より「歌」を知っている

月が今、一つのセレナーデである時、

俺の恋人は自らの長い髪を世界にたゆたわせていた・・・

言葉が自らの絶頂を知れば

それは自ずから、詩となろう・・・

夜明け前

  夜明け前



歩くのであれば

一番、遠い場所へと

風が加速する時、

「時」が動き出す

光の早さで人は思念し

科学者達は全てを灰燼に化す方法と

全てを創造する方法を同時に編み出す

今、風の中、何かが蠢き出す

それは俺の姿に似た何ものか・・・

多分、あの日に捨てたと俺が信じた俺の「希望」・・・

人々が蠢き出す夜明けまで

まだ間がある

走ル

    走ル
  

音を言葉に
言葉を音に
絵画の中へと入り
僕は呼吸する

僕は朝へと
走り出す
己の世界の中
スピーカーからは見知らぬ音楽

世界を置き去りにして
僕は走る
人は幻影
世界は加速

だから

言葉より速く
音より速く
世界の回転より、光よりもっと速く
そして、
人よりもっともっと速く


僕は
走る
僕を置いて

「君」を求めて

 「君」を求めて


君の名を呼んでいる 誰かが

そっと、呼んでいる 誰かが

君は振り返る、その時

街路の中で ビルのてっぺんで

君は恋人との愛撫のさなかにも、その人の声を聞く

君は不安そうに天井を眺める

恋人は勘違いして「心配するな」と君を抱きしめる

だが、それでも君はその人の声を聴く

そして、君は遂にその人の元へと行く

君という失われた存在を取り戻すために

あの世へは

   あの世へは


時が持ち去ってくものを

お前は何故、そこに留めようとするのか?

今、お前はそこにいるのに

何故、その存在から逃げようとするのか?

・・・あらゆるものを風が運んでいく

悲哀も憤激も携えて

そうして持って行かぬのは、人間が持って行こうとするものだけ・・・

人生に全てを置いていけ

あの世へは人は手ぶらで行くべきだから

雪の宿で

   雪の宿で


時の音と共に

音楽は鳴る

年の瀬が近づくと

人間共の鐘が鳴る

ガーゴイル達が乱舞する街へと

俺の魂は静かに落下していく・・・

いつか、誰かが見た死の味をこの舌に覚えつつ

俺の魂もまた乱舞する・・・

今宵のような静かな夜には

源氏物語だって驚くような言霊が

夜のネオンを切り裂く為にそこいらを走っているはずだ・・・

そして、詩人は雪の宿で

自分の宿命と静かに対話していた・・・

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