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物と精神

詩・小説・批評・哲学など テーマは「世界と自分のあり方」全体です

    陽と雨

何もなければ 空は
濁っていない
雨はあんなにも清く
陽もこれほどに快い
人の濁った思念だけが
陽を曲げ 雨を止ます
心から泣け!そして笑え!人の子よ
自然そのままの陽と雨のように

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峠の仙人

  

俺の嵐は空を駆け
光となって闇夜を突き抜ける
あらゆる物が光るが それは盲目の目にとっては
ひとすじの緑色の線としか見えない
俺の心が真っ二つに割れて それを誰が発見したとしても
それは唐変木の二つの「石」としか見えないだろう
さて、俺はそんな時 監視者共の目をかいくぐり
峠の仙人に会いに行くのだ

はじまりと終わりのラスコーリニコフ

  


この物語を真摯に読む者は、恐ろしい経験をするだろう。それはまるで、未来の自分が目の前にいて運動しているかのような幻覚である。・・・ラスコーリニコフは、全てが終わった所から始めた。そしてあの恐ろしい殺人を行ったのである。・・・ところが、それが物語の始まりなのである。ドストエフスキーの恐ろしさは、ここにある。我々が死を越えるほどの絶望を体験していない時、おそらく人類ーー我々は、まだあのラスコーリニコフのスタート地点にすらたどり着いてない。だとすれば、我々はやがて誰かに向かって、あの斧を振り上げたりはしないだろうかーーー?。・・・自分は常識人だから、そんな事は絶対にしない、自分は幸福な市民だ、収入もある、という奇特な方ももちろんいるだろう。だが、ドストエフスキーはぬかりなく、書いている。この物語の最後で主人公は一つの夢を見る。そこでは、めいめいの人間が自分が正しいと信じて他人を害する、という病にかかっており、それによって人類は滅亡する。・・・さて、現代のこの世界は、そんな夢の中の世界に酷似していないだろうか。我々は自分が正しいと信じる所から始めていないだろうか?・・・我々の誰が、あの恐ろしい病にかかっていないと断言できるだろうか?・・・そしてその最初の罹患患者が、ラスコーリニコフという、超人に憧れた凡人であった。そして歴史は繰り返す。ドストエフスキーの死後に、あのスターリンや、ヒトラーといった、自分を絶対にねじ曲げる事のできない奇妙な超人が現れ、あらゆるものを殺戮の海に叩き込んだのだ。
 
 私は何の為にこの批評を書いているか、自分でも知らない。ラスコーリニコフもまた、自分の自意識からの逃走しようとして、あの恐ろしい殺人を行ったのだが、結局、その自意識から逃れられなかった。だが、彼は贖罪の途中で、何ものかを見た。(ラストの遊牧民の風景を見る場面の事。)そして彼は救われた訳だが、それが何であるのか、作者は具体的には書いていない。それは、書けないものなのだ。だから、書かなかった。ここに一つの終点があるのだが、これはまた始まりである。ラスコーリニコフは、自分の罪を悔いる事、自分が殺人という罪を犯した事に対して、人間的に悔悟する事を覚えたのではない。(結果的にそうなったとしても。)そうではなく、彼ははじめて、精緻な頭脳によって、完璧を画した自分の理論が、現実に、世界に、自然に敗北した事を直覚したのだった。・・・そして、この青年の、彼自身の敗北は、同時に彼の第一の勝利であるはずである。何故なら、そこから彼の人生が始まるから。

 スターリニズムが、資本主義に敗北し、崩壊した。それは、ドストエフスキーが知る所ではなかったものの、ドストエフスキーが正に予言した通りの出来事だったと僕は思う。彼は、そうなる事を正しく指摘していた。ラプラスの悪魔。あの、完全なる計算、頭脳ではじき出された正義が、それ以外のものによって滅びる様を、彼は確かに直感して、描いた。・・・そして、現在、それと全く同じ事が起こってはいないだろうか。人は、現実主義者の名をかたると共に、最も効率的に現実を蹂躙する。頭脳で考えられただけの正義が世界を這いずり回り、世界と人々の救済を謳いながら、世界を荒らし、壊滅させる。今また世界はそのように動き出している。だとすると、今また新しいドストエフスキーが我々には必要なのだろうか。最初に絶望するからこそ、真の希望を持つに至る、そうした人間が、我々には欠けているのだろうか?

   天空と一緒に

白い旗がなびき
黒い旗がなびき
光は君の下へ
君は笑う

世界は凍る
果ての奥で
始まりは終わりを知らせる鐘音
終わりとは君の別名

女神は僕に口づけして
既にこの世を去った
ああ、死だけがこの世界では美しい
僕は天空と一緒に取り残されたままだ

王の死/君の噴飯/ふわりふわり



  王の死
 
 俺は土下座をしたり、泥水をすすったりした。・・・貴様らのために。それでも貴様らは俺を許さなかったから、俺は片っ端から貴様らを血の海に叩き込んだ。・・・すると、貴様らは、血の海の中で光っている俺の王冠を讃え始めた。こうして、俺は最初の王となったのだった。
 俺はさんざん貴様らを馬鹿にし、慰みものにし、殺し、陵辱した。すると貴様らは益々俺を賛美し、逆に、俺が貴様らに自由と責任を与えてやると、貴様らはすぐに俺を吊し上げようとした・・・。
 今、俺は天空の塔の尖頂に立って、世界を見回す。・・・ああ、貴様らと違って、この大空だけは俺のものだ。俺はその事を、王の視点で確認する。・・この大空だけは、どうやっても俺の手に余る代物。だからこそ、初めて俺を抱く女となるのだ・・。
 俺は塔の先端から、縊れて落ちた。

 
 君の噴飯

世界の共鳴へと繋がる
ひとくさりのメロディー
乾いた午後が奏でる
干し草の時間
君は全ての電脳を嫌って
自らの脳内世界に飛び込む
そこは観念と観念が溶け合って
幼獣が鎮座している一つの座
その中心に君の手が触れると
君の手は黄金に輝き出す
すると天国でラッパが鳴って
それは僕の耳元にも届く
ところで世界は今赤黒く
それは衰亡期の太陽にも似て
遍くものを黒く濡らす
君は自らの曇りガラス越しにその光景を見て
思わず吹き出した 


 ふわりふわり

白い風の中
ふわりふわりと舞う
青い天空の下
ふわりふわりと舞う
ゆくりもなく行く当てもなくそれは
世界の上を飛んでゆく
ふわりふわりと
と、それは突然僕の鼻先に落ち
僕はそれを慌てて払い落とした
君はそれを見て少し微笑み
僕の額に優しくキスをした
さて、その上の世界でもやはり
別の物がふわりふわりと舞っていた










コヨーテから始めて

  

 長い夜の果てに俺の孤独が横たわっていた。誰も彼もが歌を歌っていた。それもとびきり陽気な歌を。
 コヨーテの遠く長大な遠吠えが闇夜にこだまする時、俺の魂もまた目覚める。俺は歯を磨くために全世界を捨ててから洗面台に向かう。そこには俺の顔が映っている。髭はぼうぼうで、目は血走り、頬は痩せこけている。三日ほど何も食べていない。俺は死ねなかったのだ・・・。
 と、そこでまたコヨーテの遠吠えが聞こえる。奴め、どこで鳴いているのだ・・・。俺は顔を洗い、歯を磨き、サンドイッチと牛乳の朝食を取る。こうして再び、世界が俺の眼球の奥に押し込められた。
 俺は生きていた。全く不思議な事に。

 肉眼

俺の孤独は世界を覆った。世界はなにものでもなかった。俺は独りだった。
乾いた大河を、非情な河が流れていく。見えるものには見え、見えないものには見えず。
あらゆるものを嘲笑する乾いた言辞をお前達は手に入れた。・・・科学的言語という奴だ。・・・剃刀の刃は確かによく斬れるだろう。石には負けるのだが、結局は。
お前達は誰だ?・・・鏡を見た事があるか?・・・自分の本当の相貌が映ると言われる、あの迷宮の奥に厳かに設置されたあの鏡の中の自分を、お前達は覗いた事があるのか?本当に?本当か?お前達は本当か?本物か?本当に存在しているのか?手を見て見ろ?乾いて、透けてないか?後ろの、背景が映ってやしまいか?
俺は一度も、お前達の内一人でも、この肉眼に映った事はなかった。



  神の問い 


俺は、世界が厳かに終わっていく姿をじっと見つめていた。それは丁度遠大な交響曲のフィナーレに似ていた。モーツァルトもベートーベンも、真っ青なくらいの奴だ。
そうやって世界は終わっていった。人々はそんな最中にも、相変わらず愚痴と文句を言い続けていた。あれが足りない、これが足りない、もっともっと・・・私達は恵まれていないのだ!!・・・・そうやって、もっとも恵まれているものももっとも恵まれていないものも同じ様な顔であの大洋の彼方に沈んでいった。
あれが足りない、これが足りない・・・・・・。
さて、今、神が世界を再興するに当たって、そんな人間共を造物主たる神は再び造ると、君は思うだろうか?


  一瞬

 俺は自分を忘れる一瞬が欲しいだけだ。自分が消失してしまうそんな一瞬を。
 俺は自分を忘れる一瞬が欲しいだけだ。この宇宙の真理を、俺以外の彼方に見つけるそんな一瞬を。
 俺は自分を忘れる一瞬が欲しいだけだ。俺以外の全世界が消滅する一瞬を。そしてその後に焼け野を耕す俺の姿を手に入れたいだけだ。俺は。
 俺は。








  暗く、深く

暗い海の中に
一人墜ちてゆく
深い海の中に
一人墜ちてゆく
誰もいない透明な場所
深海魚達が神聖がって
居場所を空ける場所
そんな所を目指して
僕は一人墜ちていく
もっと暗く、もっと深くと
まるで自らの魂の中に沈み込んでゆくように


  遺恨

風の中で俺の炎は
凍っている
世界は卒塔婆の乱立 それとも
巨大な墓地?
古墳の上に古墳を盛って
「今」ができた
世界は壮大な一つの墓場
君の足下にも人骨が埋まっていて
今日も昨日の遺恨を嘆いている

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