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物と精神

詩・小説・批評・哲学など テーマは「世界と自分のあり方」全体です

全てをくだらないと感じる心は、既にくだらない心だ。

「この世界はどうしてこんなに暗いのだ?」「・・・それはあなた様が盲目だからでございます。」・・・そしてこの「爺」の言葉を、この盲目の人間は信用しない。彼は死ぬまで喚き続ける。

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   夏の中で

夏がやってくる
世界がやってくるように
また一つの夏が
僕達の季節を過ぎていく

僕は幾つかの夏を知っている
剣道部の頃の夏や
大学生の頃の夏や
ニートの時の夏
でもそのどの夏も
この季節の夏ほど濃くも強くなった

僕の中の夏の思い出は
空しい失恋の思い出や
仕事先で上司に怒られたという思い出や
子供の頃無理矢理親に叱られて
学業を強制されたという思い出に満ちている

自分がとりわけ不幸だったとは思わないが
全体そのものが不幸であり
平和と幸福と名付けられた市民的不幸の真っ只中に僕らは生まれたのであり
その一端の飛沫を浴びたのだという実感はある

僕の中で本当の夏の記憶は
あの川面の光や
少女のワンピースの翻りや
僕自身の入道雲の中でのまどろみ
ということにはならないのだろうか?

僕は今や大人になって
もはや文句を言えない立場になっている
職場の人達は僕が詩を書いているのだと知れば おそらく
盛大に笑い出すだろう
それでも彼らもまた仕事が終わると おそらくは
悲しげな瞳をしてテレビでもぼうっと眺めているに違いない
と、そこに僕の詩が入る余地があるのだ

僕の中で繰り返す夏の思い出は
世界の動向に微動だにしない wwwという奴だ
それでも僕はまた一夏を生き
そして少しは成長するだろう

そして世界は平たく終焉を迎える前に
ほんの少しだけ、僕に微笑みかけてくれる
その時だけ、僕の中の夏は光り出し
一瞬間だけ世界を覆う

その時、君は入道雲を見つめて
そこに変わらない僕の姿を確認するだろう
そして君は きっと僕が夢の中で見た
純白のワンピースを着ているのだろう

才能、運など

 努力を否定し、運や才能をことさら強調する者は次の二つの願望のいずれかを持っていると思われる。

 1 何もしていない自分でもいつか運が当たってなにか成功するのかもしれないという願望

 2 自分より優れていると目されている人間もまた、所詮才能に恵まれただけであって、苦労したり努力したりした訳ではないと思いたい願望。つまり、自分が何もしていないと言われる事を免れたいという願望。

 
 

   孤独を感じる一瞬

誰彼もが繋がる事を求め 互いが互いを必要に感じ
そうしてそれぞれに慰めたり憎み合ったりしながら
一緒になって輪になって沈んでしまう
そんな世の中だと思うのです 僕は
孤独を感じる暇もない

    燃えろ

全ての物は燃える
炎も氷も
人の肉体も心も同様に
人間という人間 あらゆる人間はこれまで
火によって燃えてきた
今日も人は燃える 世界中の辻々で
人々の見ている中で 人々の見ていない場所で
人々自身が燃え 燃やし 燃え尽きるのだ
全ての物は燃え
俺達は二千年この方燃えてきた
全ては発火現象 広大な発火現象
太陽は燃え 俺達は燃え

     *
俺達は何とか
燃えない方法を模索してきた
それによってあらゆるテクノロジーを生み出してきた
交通・通信網・そして道路・車・人間の脳髄・無駄な建築物・橋・塔など
そしてそれによって燃える物をほんの少し増やしただけだ
全ての物は燃え 俺達は燃え
燃える物は燃え 燃えない物も燃え

     *
消えろ 世界
太陽の一瞬の間に
この世界にはもう恒星しかいらない
冷たく輝いている星など一つもないのだ
燃えろ 俺達
燃えてない奴は燃え尽きろ

     *
世界よ 燃えろ 燃やし尽くせ
七十年前 人は原始爆弾という新たな火によって様々な物を燃やしたが
今、俺達は言論という新たな火によって
あらゆる物を燃え上がらせるつもりなのだ
燃えろ 人権 人間共
燃えろ あらゆる 権利 人の生命 夏の歓声
燃えろ 全て燃えろ

     *
燃えろ 全ての理
燃えろ 俺達自身

燃えろ 燃え上がれ

燃えろ テレビ
燃えろ インターネット
燃えろ 人
燃えろ 俺
燃えろ 君
燃えろ 今、この詩の前で笑いをこらえているお前
お前も一緒に燃えるんだ
燃えろ 全ての物
燃えろ 一羽の鳥 そして希望
燃えろ

       *
全ての物は燃え 燃え尽きて
一掬いの灰となる そしてまた
灰もまた燃え尽きる そしてまた
燃え尽きた後の灰もまた燃える

       *
全ては灰 全て灰塵
俺達は燃え尽きた物 燃えている物 燃え尽きる物
全ては燃え 灰は燃え
燃え尽きない物は何一つない
こうしてこれを書いている俺 そして君
笑い 笑われ それら全ては燃え
この世界は燃え 燃え尽きない物はない
世界は灰 たった一掬いの灰
俺の妄想の中で燃え尽きた そして俺の妄想もまた
燃え尽きて一枚の紙となる
お前は今、それを読んでいる所なのだ

        *
燃えろ




    迷惑をかけても

他人に迷惑をかけて
生きてやろうじゃないか
生きる事は互いに迷惑をかけまたかけられること
迷惑をかけられることは時に嬉しい だから
そんな風にして生きてやろうじゃないか
迷惑をかけたくないなら君は
受精卵の段階で死ぬべきだった
生きる事 生まれる事は 互いに迷惑をかけながら
それでも何かを生み出す事
だから
生きよう


   露命

全てがイケメンとおっぱいに分解された俺達の世界では
何をするのも自由 つまり
何をしても無駄という事になる
どう生きようが勝手だが何をしても無駄
そしてする事の価値は全て「あちら側」で決められていて
俺達はその等価表を見ながら日々を過ごすだけだ
配給の残りのワインをひっくりかえって飲みながら
それでも俺の手には何故かーーーインターネットという現代の新しい活版印刷術が手にあって
それで何とか自分の命を食いつないでいる



  明日への雨


今日は雨に濡れ
明日は雨に濡れ
昨日も雨に濡れる
俺は雨に濡れ
人々は雨に濡れ
犬も猫も雨に濡れる
木小屋は雨に濡れ
マンションも雨に濡れ
家屋という家屋
全てのものが雨に濡れる
雨に濡れないものは何一つない
人々のおめでたい頭脳の中にだけ
雨に濡れない物があるのだが
その人々の頭脳も 人々の頭脳の中にだけある物も
全てこうして雨に濡れ 
雨に濡れ そして
全てが乾く
明日に向かって


   一つの溜息

少女は死に
青年は死に
おっさんは死に
老人は死ぬ

青年実業家は死に
中間管理職は死に
ニートとフリーターは死に
王侯貴族も漏れなく死ぬ

蟻は死に
蜂は死に
かわいがっていた猫と犬も死に
今買ってきたばかりのヨークシャテリアも死ぬ

本は死に
インターネットとテレビはすぐに死に
高層ビル七三一階もすぐに死ぬ

全てのものは死に
全ての物は消滅する
そしてこの宇宙も
神の一瞬の間に死ぬ
そして 君は
ため息を一つつく


     夏の海辺で

夏の海辺で一人歩いていると
一人の少女の死骸が発見される
そんな事からミステリーは始まり
ミステリーは悲劇の結末に終わる
結末の後にはまた日常がやってきて
俺はまた何見るともなく 夏の海辺を
一人歩く
もう鮫の死体が上がってきても
俺は見向きもしないだろう






世界との闘争ーーー詩についてーーー

  
 「新選田村隆一詩集」をパラパラと読んでいたら、僕が昔挟んだ田村隆一の詩「誤解」のプリントがパラリと出てきた。その詩は以下のようなものだ。
 
「秋から冬へ
 人の影も物の影も長くなる
 どこまでも長くなって
 人と物は小さくなる
 人については
 ぼくも少しは知っている
 政治的な肉体にエロスの心が閉じ込められている存在
 若いときは誤解したものだ
 エロスは肉体に宿り心は政治に走ると
 そして今も誤解しているのかもしれない
 人の影と物の影が重なり合って
 暗くなっていく世界を」

 僕はこの詩が好きだ。そして、この詩を自分で打ち込んで、プリントアウトしてこの詩集(詩集にこの詩は載っていない。それで。) に挟んだ、何年か前の僕の気持ちもよくわかる。そしてこの詩を眺める今の僕は当時の僕と、それほど異なった位置にいる訳ではない。

                     *
 吉本隆明は日本のプロ詩人として、吉増剛造、谷川俊太郎、田村隆一の三人を上げた。僕はこの三人にまど・みちおを加えても良いと思う。彼らの詩の特徴は吉本の語った通り、言葉が生命に染み込んでいる度合いだ。当たり前の事だが、詩人の詩というものには、どうあがいてもその詩人の血肉が染み込んでいなければならない。そしてそれをできているのは、おそらく最近では上記の四人なのだろう。・・・我々の周りにある詩の殆どには、詩人の個性は見られない。それは個性以前の段階で留まってしまうのである。良い詩人の詩は、いや、良い表現者の表現というのは、それが良い作品であろうと悪い作品であろうと、その作者の血肉が染み込んでいる、魂の分離がなされて、その詩にももう一人の分裂した作者が棲んでいるという点にある。
 僕は上記の詩人はいずれも好きなのだが、一番好きなのはやはり田村隆一である。田村隆一には強い倫理性と共に、文学の正統性とでもいうべきものがある。そこには善と悪の問題があり、悪を強く憎む、という人として当然の価値観が存在する。だが、今、何が悪か?と問う事は難しい。
 それに比べると、谷川俊太郎というのは一種フリーダムである。田村のように、強い一本道をねばり強く歩いているという印象はない。その代わり、谷川俊太郎は風呂敷のように様々なものを覆う事ができる。それは自由自在で、様々な適正を持つ。だが、自由故の放埒、という危うい立場も谷川は常にその背後に抱えており、彼は詩人として、常にその危機を見ざるを得ない。だからこそ谷川は以下のように答えるのである。「・・・書くために/書かないでいることを学び・・・」
 吉増剛造は袋小路そのものである。彼は現代詩の極北であり、浅はかな危機感を持っている自称現代詩人達を彼はその詩で笑っているのである。現代詩・・・近代詩の延長としての、という考えに留まっている限り、問題は吉増剛造の窮屈さと華やかさに還元されるように思える。
 まど・みちおに関してはあまり読んでいないので、割愛する。
 さて、僕は田村隆一の詩をきっかけにして、何を語りたかったのだろうか?・・・おそらく詩というものに触れたかったのだ。・・・だが、研究者達の考えるように詩というものは確固としてあるものではない。二十世紀最大の詩人といってもいいオーデンの詩を読めば、そこに見えてくるのは詩という本体ではなく、悪に怒り、恋人を愛し、安酒場で世界を憂えている一人の詩人の姿である。このバカ者ーーー天才は、詩という道具を使って世界に触れ、世界に語りかけるのである。
 詩は道具である。目的ではない。他人に対する強い感情、世界に対する愛、それ故の失望ーーーそんなものを感じ取れない人間が一流の詩人となれる日は決してこないであろう。だが、それでも世間や社会は形式としての詩を追い求め続け、そして偉大な詩も偉大な詩人もみんな博物館に閉じ込めておこうとするだろう。
 我々は詩を書く前に、この博物館を出なければならないのだ。そして言葉という剣によって世界と闘いーーーあるいは和解しなければならないのだ。



 

   最後の一杯

そんなに成功がしたいのか
そんなに人から誉められたいのか
それなのに君はいつも人を蔑む
これはどういうわけか
人間を蔑んで なおかつ
人類の救済者と見られるのが
劣った(と見られる)人間の長年の欲望らしい
僕は
無意味にワインを嗜む
この一杯が最後の一杯だと念じつつ

   オジサンの知恵

人は互いに互いを慰め合い
自分達の無意味で卑小と見える人生を
より立派に見せようと賢明に努める
それでこの世の中には
こうも沢山社交辞令の言葉がある
僕の知っているアルバイトのオジサンは
誰にも教えられる事なく
自分だけの知恵を有していた


    いいか、よく聞け

いいか、よく聞け
俺達は孤島に残された存在
孤島に残された存在なんだ
俺達は生き残っていくためには
互いに愛し合わなければならないし、助け合わねばならない
今他人を叩いている場合ではないんだ
いいか、よく聞け
俺達は唯一無二の存在
唯一無二の存在なんだ
お前以外の代わりはいないんだ
いいか、よく聞け
この世界にはお前を愛してくれる人間が必ずいる
俺がお前を愛し、お前が俺を愛するようにな
いいか、よく聞け

   絶望のサイズ

社会に生きるためには
俺達は部分的にお巡りにならなきゃいけない
だが、精神までがお巡りになる必要はない
惰性と諦念で作られた
人々の日々の魂を俺がどう取り上げようと
それは本来勝手のはずだが
人々は自分達の魂の真実を暴露されると
途端に怒り出すのだ
ああ、今の俺には絶望が欲しい
俺一人がすっぽりと入れるくらいの
それぐらいのサイズの絶望が欲しい



   人々の中の手

偉人を片っ端から精神病に還元し
満足そうに肯く人々
ナポレオンが鼻をほじっていたという事実を発見すれば
ナポレオンの価値を鼻くそと等価だと考える人々
そんな人々に俺は囲まれ
一体、何を思えば良いのか?
全ては平凡と倦怠にまみれて
この世には新奇も希望も何一つない
そしてその諦念の塊のような人々が、突然
何かに取り憑かれたようにありもしない希望に突進し
全てをめちゃくちゃに壊してしまう
そんな人々に囲まれている中で
俺は一体何を思えば良いのか?
俺の中の希望はとうに枯渇して
ただ手だけが習慣的に動いているだけなのに


   プロと素人

私はプロじゃない
私は素人だ
だから何の責任もない
私は応援する 痛罵する
だが何の責任もない

だが、あなた方はプロだ
プロは結果を出さなければならない
負けたら死刑
負けたら死刑です
まあ、その首を吊るのも
私と違う誰かがやる事ですが

私は素人
だから何の責任もない
私は素人だから
自分の人生にも自分自身にも
一切責任を持たない

       勇気

「将来国家公務員だなんて言うな 夢がないな」※
きっと自分は天才になれないなんて
皆、自分で自分を過小評価しているのさ
過小評価というのが凡人の特徴だが
無意味な楽天と努力が天才の特長だろう
人類最大の悲惨家はスターリンとヒトラーだった
彼らは誰よりも現実主義者だった
そして現実に押さえつけられた自身の妄想を
この世に具現化した
元気を出せ 未来を持て 勇気を出すんだ
そんな僕の言葉は今の君には きっと空虚に聞こえる
その事はもちろん君が正しい だが人はいずれは
真に勇気を持たざるを得ない時がやってくる
自身の死に立ち向かうために


  ※宇多田ヒカルの「Keep Try'in」より

   僕は一人

人間にとって
もっとも厄介なのは人間なので
人間は人間という奴を
最も遠ざけようとする
それで皆、処女と童貞ばかりになる
そして家でモニターを見て
ずっと好きな夢を見るんだ
労働もなく、ただ快楽原則だけが流れる
夢のような世界 そんな世界の中で
僕は一人だ

   夢の実感

僕もデモをして
彼女を作ろう
可愛い彼女を作って
年収三千万ぐらい貰って
二十代で家を建ててしまおう
そして四十代になったら女子大生と不倫し
それは決して妻にばれる事はない
一人の息子と一人の娘はどちらも
優秀なデキで親の言う事を良く聞き
どちらもよく稼いで適切な時期に、適切な相手と結婚して
適切な・・・素晴らしい適切な人生を送るのだろう
さて、老齢になった僕は
やがて死ぬのだろう
死ぬ瞬間にこれまでの全ては
全部夢だったのだと実感しながら

   新生


あらゆる人類が
少しずつ消滅してゆく
それぞれがそれぞれの
夢を貴く見ながら
きっと生物というのは絶滅する時
慌てふためいて醜く今のように様々な事を叫びながら
消えていくのだろう・・・あのさぞ醜く
図体がでかかった恐竜達なんかのように
そう、人類は今、少しずつ消えていく
俺は今、その病人を看取る医師の役割をしている
奴らは俺を自分達を殺しにきた死神だと
勘違いしているが、それは違う
お前達、死の眼に全てが死者と死神に写るのは訳ない事だ
そして今、俺達の知らない宇宙人が俺達の知らないどこかの宇宙で
軽々と相対性理論と量子力学を越えて
新たな哲学と生を開拓しているのさ

   闘争と血

雨に濡れて
帰りたい日もあるさ
特にこんな何もない夜には
俺の手は常に手ぶら
頭は空っぽで
口は人並みの
嘘をつくことすらできやしない
雨に濡れて
帰りたい日もあるさ
俺はいるはずのない恋人の名を呼びつつ
辿り着くはずのない家路を
一人雨に濡れながら家に帰った
そして 全ては 雨の中
闘争と血にまみれているのだった

   幸不幸

全てが世代に要約され
全てに賛成か反対のレッテルが貼られ
人間という奴もそのレッテル通りになる
あいつはそんな顔をしているからそんな人間だということになって
皆「平等に」同じ顔になる
結構な事だ 人間は
平等で幸福という事になった
皆、幸福に突進して不幸になる
なら、不幸になればそれは幸福なのか?
然り、だから僕は
そうやって生きている

    夢

さよなら 現在
お前達は色々とうるさかった
お前達は色々と僕に指図をしたが
教えることだけは何一つしなかった
さよなら 現在
僕は古代ギリシャの本でも読んで
ゆっくり眠るとするよ 夢の中では
君達を虐殺する夢を見つつね

   子供のように

原発賛成派と
原発反対派が
今日もいがみ合っている
と、思わせる事に
現代のレトリックがある
俺は俺の人生を生きる
何故って俺は俺だからだ
こんな単純な事を言うために
いかなる苦労をくぐらなくてはならないか?
それは言葉を持っているものだけが
知っている真実
俺は子供のように真実を握りしめて
闇の中を走った

↓作りました

丘の上の血

君の目の中に
一陣の光が舞い
僕の手の中に
一輪の花が咲く
どちらも真実
どちらも真実・・・なのに
今日も丘の上で人は人を騙し合い
挙げ句、殺し合うのだ
だがそこから流れ出た血は
大地を潤し草木を生やす

問いー答え

    

死とは何か?
世界を魅惑するもの
世界を覆うもの
生とは何か?
世界そのもの
世界の前進そのもの
詩人とは何か?
その間にあって
歌を歌うもの
ヒバリのように 一輪の花のように
この世の呪いに抗して
花を咲かせるもの
君とは何か?
この歌を聞いて黙って耐えている
君とは何か?
君とはつぼみ
今、芽の状態にあって
開花を待つ永遠の十代
そして
僕とは何か?
僕とは一体何か?
問いそのもの
世界への問い、そして
答えでもあるもの

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