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物と精神

詩・小説・批評・哲学など テーマは「世界と自分のあり方」全体です

僕の神様

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   浜



長い風が吹いている

僕は遠い未来から来た旅人だ

人々があざ笑うのが僕の目に見える

僕もまた殺された一人なんだ

遠い未来から風が吹いてくる

その風を一人一人が感じている

そして身を避けるようにして歩いていく

どこへーーー?・・・通りへ

僕はまだ浜を回ったばかりだ






カルピス


僕はどうやら頭が狂ってしまったようだ

みんなと飲んで騒いでても全然楽しくない

女の子とふたりでいても全然ときめかない

僕はどうやら頭が狂ってしまったようだ

この世の全てに何も感じない

お医者に行ってもその医者の手が

ゴツゴツした岩のように感じられて無味乾燥だ

こんなことではどうしようもないと思って

僕はカルピスを飲んだ

するとほんの少し気持ちが軽くなった

僕の世界は「カルピス」だ

それ以外にはない



謎の白い液体・・・

  それだけ   暗い部屋で一人さんへ


肩の荷を下ろしてほっとすると

辺りの風景が急に眩しくなって

僕は自分が死後の世界に生きていたと知る

今、食べるものは何でも美味くすることは何でも楽しく

ただ、人間が悲しいだけ

人間が悲しいだけ


ただ、それだけだ


「暗い部屋で一人」さん





「暗い部屋で一人」というバンド(?)の方です。youtubeで見つけました。神聖かまってちゃんが好きな人にはおすすめです。

 少年


 影。闘争。それでも言葉は俺にやってくる。俺は長いことわざと盲いてびっこを引いた。誰かを真似て。
 その誰かとは「俺」だった。
 俺はその事に気付くのに「半年」かかった。半年!なんと長い月日だ!俺の永遠の日々はこうして過ぎ去った。
 俺は「少年」に戻っていた。

ソロスから始めて

ソロスは警告する 超バブル崩壊=悪夢のシナリオソロスは警告する 超バブル崩壊=悪夢のシナリオ
(2008/09/02)
ジョージ・ソロス、松藤 民輔 (解説) 他

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 ソロスは非常に大切なことを言っている。ソロスによれば現実はいわば評価によって変化すると言っているのだ。(私はそう受け取った)

現実を評価するのが評価であり、それによって現実は変化しないというのがいわばこれまでの通説だったわけだが、(それだから真理は存在できたのだ)もはや金融市場においてはこれは崩れているという。(そしてそれは物理科学においても量子論という形であらわれてきてはいるが)そして金融市場とはいわば経済における頂点なのだから、その影響は全体に波及する。(実体経済さえも)だから現実そのものが評価ーーー人の思考によって変容すると言っていいだろう。

現実を考察するのが評価であり、評価ーーー思考というものが現実に変化を与えない(ニュートンがどう考えようが、太陽の運行が変化する訳ではない(と考えられている))ということがこれまでの前提となって真理、学問の正しさ、正確さが保証されてきたわけだから、これまでの真理は一度廃棄される必要があるだろう。(学者達はおそらく自分達の正しさを証明するために現実の方をねじ曲げるに違いないが。そしてそれによってくしくも自分達が一つの宗教の信奉者であったことが明かされるーーー「真理」という一つの宗教が)そして新たな「真理」はもっと行動的なものとなるのだろう。つまりカントが言った通りに(僕が正しくカントを読んでいればだが)我々は現実をありのままに見ることができない。むしろ我々は現実を歪めることによってしか見ることができない。いや、むしろこう言うべきだろう。ありのままの現実などというものはない。歪んだ現実しか存在しない。我々が殴れば手の方もいくらか凹むのである。

世界は関係しつつ動いている。そこでもっと歩を進めよう。そのことはハイデガーも考えたに違いない。彼は「人間」という隠し子を取っておいた。しかしもはやそれを取り去ってもかまわないだろう。

我々はもはや一人の人間としての個体などはない。我々とは殴る手そのものであり、行動し変化しているものーーーいや、変化そのもの、行動そのものなのだ。そして対象と対象がぶつかる時に一瞬の静止画が得られる。そしてこの静止画がこそがかつて「人間」として名付けられたものなのだ。おそらく。

光は・・・

 俺は光と色彩の内に花火を見た。光?だがそれは・・・誰も黙らせることはできない。
 光と影の分身だと罵った奴が今や俺の下僕だ。それでも・・・乾いた舌の根を光らせていつも遠くの彼方を狙っているあいつは・・・親友だ。
 俺が喰ったのが彼女だ。
 彼女なんてものを上手いぐあいにこね上げるために俺達がいくらの時間を要したか・・・分かるまい。人が都市を建設するのにどれくらいの犠牲を払ったか分からないように。
 都市に犠牲はつきものだ。あちらからもこちらからも死体が出る。それを屠って食べるのが都市ーーー人の意思だ。
 俺は孤独になった。誰の倦怠でそうなったということもない。ただ俺の倦怠でそうなったのだ。
 だからーーーしかし。いいやーーー言葉が・・・うまく出ない。
 言葉など死んでしまえ!・・誰かの・・・いい気味だ。久しぶりに夜を見た。
 奴らは・・・芸人だからな。・・・上手いことやって・・・一発合わせようって腹だ。俺は殺した、そんな奴らを。
 風は・・・凪。誰の暗号だ?そんな言葉を思いついたのは?俺か?俺の言葉なのか?
 ・・・俺の言葉に違いない。
 光は・・・風と共に夜散る。

「さらに大事なことは、もし夢があるなら実行すべきだということだ。夢を現実のものとしなければならならない。チャンスは再び巡ってこないのだから。」ジム・ロジャーズ
 僕らはすべきことをしなければならない。自分に替えは効かない。他人にとって替えが効いたとしても。

僕は

「十八歳の若者たちは、最も失うものが大きく最も被害を被るのだから、この問題を糾弾するためにデモをすべきである。彼らは将来の破滅を約束されているようなものだ。」
 我々はだまされていたのだ。ずいぶんと長い間。思えば沢山のルールがあった。規律があった。道徳が、叱責が、「常識」があった。しかしそのどれもが間違っていた。いや、間違っていたのではない。それは彼らのための常識だったのである。我々のものではない。
 我々はーーー僕達はもはや十八歳ではない(僕は二十五歳だ)。僕達の十八歳は抑圧に満ちていた。学校ーーーその牢獄の中で何ができただろう?僕は理科の教師に聞いたことがある。「暗黒物質」とは何ですか?・・・理科の教師は答えなかった。知らなかったのだ。彼はカリキュラムに戻った。だが「暗黒物質」も厳然たる「理科」の範囲である。
 理科の教師がすべてを答える必要はないーーーそんなことは不可能だ。だが彼らの矛盾はーーー自分達の言っていることをある範囲にとどめている(たとえば量子論は学校では習わない。教えるのはあくまでもラザフォードの原子模型だ。そしてそれはボーアのそれに比べて不正確であることが知られている。)にも関わらず、それは「真理」であると現実を歪めたことにある。現実ははてしなく広い、そして常に変化している。そしてそれを偉大な先人達が各の方法で捉えようとした。そしてそれが今日の教科書の元になった。それはいい。しかしーーーなぜ我々が現実を違った風に捉えてはならないのか?ここに進歩の阻害がある。その原因が、端緒がある。
 もちろん理科教師一人の問題ではなく、制度の、構造の問題ではあるが。
 
 沢山の規律、ルールとは誰かのために作られたものだ。そしてそれは我々のためのものではない。人々が口にする決まったフレーズ・・・「現実はそうなっているのだから仕方ない」。もちろんそうではない。彼らが現実をそうしているのであり、現実がそうであることによって得をしているのは他ならぬ彼ら自身なのだ。
 彼らはもちろん自分達の自己欺瞞に気づいていない。そんなことはどうでもいい。今必要なのは彼らを破壊することだけだ。もし君が他人を殺すことになっても気にしなくても良い。彼らは知らず知らずの内に無数の人々を殺してきたのだ。大衆とはそういうものだ。昔は悪というものがあった。今は善しかない。善が人を殺す。人々の綺麗事を聞いてみろ。そこに何があるかーーー君ならわかるはずだ。
 僕は少々行き過ぎてしまったようだ。気にすることはない。例え人を殺したってーーー人を殺すのは良くない、断じて。殺すなら「夢の中」でやりたまえ。
 彼らを破壊するのが僕らの宿命だ。そして僕達が老いたらーーー(老いることができたらーーー)若者共に自分達を破壊させるがままにしてやりたまえ。それが僕らの宿命だからだ。決して世話を焼いてはいけない。
 
 死んでゆく人々についていくのは愚かなことだーーー僕はそう思うがね。僕を中二病だと笑う人は自分の背後の焦慮を見ればよい。君は何に追い立てられている?・・・決まっている、自分自身にだ。余裕があるものは批判などしない。自分の背中についた焦慮の火が他人を批判させる必要を感じさせるのだ。彼らは決して自分の背後を振り返らないが。
 ああ、さて、僕は誰に話しかけているのだ?君か?君などという存在はいるのか?君も人々の一員ではないのか?もしそうだとしたら・・・ああ(外山恒一みたいだ)それならやりきれないな。僕は架空の人々に対して話しかけている。それならそれでいい。僕は気が狂っているからだ。気が狂っていることを自覚しているからだ。
 笑う人々は笑われることもなく沈没するだろう。結局同じ船に乗り合わせているのだ。逃れられないさ。宇宙船地球号?ーーーそれならどこから沈没したって同じ事さ。他人を蹴落としたって自分が助かるという証左にはならないぜ。
 そんなところさーーー僕の言いたいことは。
 アディオス。(アディオス?)君は眠って夢を見るんだ。誰かに追いかけられている夢を。そして目覚めて現実で僕に出会うんだ。

無趣味のすすめ 拡大決定版 (幻冬舎文庫)無趣味のすすめ 拡大決定版 (幻冬舎文庫)
(2011/04/12)
村上 龍

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この本だったと思う。村上龍は殆どの人は失敗して成功しないまま浮かんでこない、というようなことを言っていた。
でもそれは違う。殆の人は「失敗すら」しない。失敗とは何かをしようとしてうまくいかないことだが、殆どの人は何かをしようとはしない。決められた物事の内を守っていて、それ以上出ないように互いを見張っているだけだ。
それともう一つ、柳井正ははじめにユニクロ一号店を出す時、失敗できない立場だったと言っているが、それも違う。もしそれで失敗して破産しようとも柳井正が真にバイタリティある経営者なら、それを糧として必ずや立ち上がっただろう。人間は何もないところから立ちあがることができる。今日の日本は戦後の焼け野原から生まれた。

ランボー

地獄の季節 (岩波文庫)地獄の季節 (岩波文庫)
(1970/09)
ランボオ

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 貴様の魂を俺が喰ったとて驚くに値しない。君は俺だからだ。
 君は泣く時、パンを齧るか?俺は齧ることにしている。ごまかすために。
 所詮、異国人同士だ。俺の魂は君には伝わらないだろう。君は笑っているがいい。故国フランスで。
 俺はこの国でーーー日本で、泣いていることにする。
 
 俺は君を待っている。君がやって来るのを。
 

神聖かまってちゃんとかの子とか世界とか


 この世は何だろうか?誰がそのような問いを投げたかけたことか?・・・答え、誰も。みんな知らんぷりして自分のケータイをいじっている。
そこに一人の男が現れこう言った。「諸君、俺を見よ。現実を直視せよ。」こうして世界は崩壊したのだった。始まったのだ。ようやく。
思えば長い旅だった。君らが悪いんだぞ!・・・そう言ってもはじまらないか。まあ、書評を始めよう。
「書評?しかし君は何も知識がないじゃないか?ロクな大学も出てないじゃないか?」・・・もちろんそう言う君らを破壊しに(破壊するために)彼らは現れたのだった。
君は知っているかい?君は死ぬんだぞ。いつかひっそりと。誰からも忘れられて。すべてを馬鹿にしている人間には良い酬いだ。世界は公平だ。最後の最後では。
さて君がこうしてしゃべっている。そこにこの男が現れた。「現実を直視せよ。俺を見よ。」もちろん人々は目を背けた。見たくないものは見たくないからだ。「奴は所詮サブカルチャーさ。」そんなところだ。もちろんインテリぶってサブカルチャーを「分析」している奴も同断。

もちろんカルチャーとはただの形骸、あの古びた城跡なのだ。もはや。残念ながら。そこにはもうひとかけらもロクなものはない。その創設者達は去ってしまった。そしてそこに盗人共が現れた。知の盗人達だ。彼らはさんざん財宝を食い荒らした。持ち去った。逃げ去った。そしてこの城跡だ。ボロボロだ。それでも彼らは主張する。
「ここは王の城だ!私達が王だ!」
もちろん大衆がごまかされている内はいい。しかしそれも限界に来たようだ。もう人々は気づきはじめている。
そこにーーーそんな情勢にこの男が現れた。彼はこう言う。
「みなさん、何をやっているのですか?現実を見てください。そこはぼろぼろのお城じゃないですか。もう古びて使えないものじゃないですか?王様は裸じゃないですか。」
もう人々は気づきはじめている。

さて、どうだろうか。しかし君は笑ってこう言うだろう。「さて、それがどうした?ニコ中御用達のバンドじゃないか。」あるいは他に無限の言葉を用意しているのだろうな。在日とか在日とか在日とか・・・(最近良く聞くからね)・・・まあ、その他にいろいろ。
もう一度言う。いつか君は死ぬんだ。
現実を直視したまえ。君は死ぬんだ。暗い穴に閉じこもって一人で。

 風
 
 二世帯住宅の裏にはゴブリンが住んでいるんだって

「神谷さんもこの話、聞いたことあります?」

 「「食べてもいいよ」だって。優しいね」

 「うん、そうだね」(誰に?)

 (神に)いいえ、私に。

 君も、うまくやったようだね(ようやく、これで十歳だよ・・・)

 韻律を間違えてはいかんよ(ひい、ふう、みい、よう・・・)

 それで?それで?

 それで、言葉がさ・・・もつれてさ・・・

 「楽しく食べることを規範としなさい」

 俺は外を眺めた そこは

 「夜」だった

ジム・ロジャーズについて

冒険投資家ジム・ロジャーズ 世界バイク紀行 (日経ビジネス人文庫)冒険投資家ジム・ロジャーズ 世界バイク紀行 (日経ビジネス人文庫)
(2004/03/02)
ジム・ロジャーズ

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世界は人々に満ちている。そこに「他人」の姿などない。みんな、私たちの姿なのだ。
人は書物を他人をのぞき込むように読む。そしてそこに「面白い」物語を読む。だがこの「面白い」は全く残酷なものだ。人はこの事を忘れている。否、故意に忘れているのだ。私たちは他人の姿を自分の身が切られるように読むことができない。刀で惨殺されるのはいつも人間の姿をした他人なのだ。
この書物には一人の優れた批評家が世界を巡り肌で感じ、考えた優れた断想が散りばめられている。もちろん彼は投資家という肩書きを持っている。しかし今の僕にはそんなことはどうでもよいことのように思える。経済は株式や金融という迂路を通っても最後には人間に行き着く。人間に行き着かない学問が、経済というものが一体何だろうか?全てのものは人間が生み出したものである。
もちろんこれは冒険小説として読むことができる。それも極上の冒険小説だ。人は見て、考えて、学ぶ。そんな単純なことが実践されている。
現代はどんな時代だろうか?混沌を極めた一種の壊乱期だろうか?どうもそのように思える。ただ人々は正しいと信じているものをとうに時代遅れになっていると気付かずに信仰しているだけだ。「正しい」という標語を被せて。そんな場所からは鋭い批評家も、賢い投資家も立ち去る。もうすでに崩壊しているのに上がるはずだという事を信じて株価が上がり続けるはずがなかろう。投資というのも、結局はこうした人間哲学なのだ。こうしたことをジム・ロジャーズは教えてくれた。

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