FC2ブログ

物と精神

詩・小説・批評・哲学など テーマは「世界と自分のあり方」全体です

   色々

金をいくら持っていても、労働する者が誰もいなければ、意味が無い。この事からも、守銭奴が観念論者だという事が分かる。

金を得ることが望みの人間がいるとする。この人間が自分の努力と関係なく法外な金を得たら、この金を失うことが怖くて夜も眠れなくなるだろう。


人間にとって喜びとは、自分より高いものを認め、それを乗り越えようとすること。・・・人は尊敬心を持つこととライバル心を持つことが全く同時に可能な生き物なのだ。

世の中の人々は大抵、貧しい生活を送り、それを補充するように幻想に頼る。だからといって我々が豊かになっていけない訳があるだろうか?・・・自分の言っているのは内面的豊かさのことだが。

天才というのはいつの時代でも同じ事を繰り返し喋っているに過ぎない存在だ。・・・それは時代が繰り返し同じ誤謬を繰り返すからだ。

有用なだけが取り柄の人間は、次生まれ変わる時には歯車にでもなれば良い。

誤ちには二種類あって、一つは基準を下回るもの、もう一つは基準を上回るもの。

私の言葉を誰一人聞いていないからといって、私がそう言ったという事実は変わらぬ。

沢山本を読んだからといって、賢い訳ではない。それを消化しなければならない。

本なんか全然読まなくても、とても賢い人がいる。・・・そういう人は人生自体を一つの本としてそこから学んでいるのだ。


自分を失わずに誰かから愛されようなどとは見当違いも甚だしい。

他人のために自分を失うことが喜びのような愛もある。

現代人は自分を失わず、他人から貰う事を欲する。恋人から、家族から一円でも多くのものを自分に対して引き出そうとする。自分という人間は結局、死によって失われるのに。

他人から貰う事を欲し続けていては、何一つ得られない。何故なら、そうした人間は他人から何かを受け取ったとしてもそうしたことを当たり前だと感じ、そしていつも、「もっともっと」と渇きの中であがき続けているからである。


奴隷は自分自身が奴隷であることを誇りに思っている。そう思わない人間は自ずから、そうした隷従状態から抜け出すだろう。

常に束縛を感じるような人が初めて自由を生み出す。

世の中の言うことを聞いて一生を失うことほどバカらしいことはない。・・・みんな慰みにしか見ていないのに、本人は「評価されている」などと本気で思い込むのだ。

奴隷以上の奴隷というのもいて、こういう人間は世の中の規範をやたら主張することによって、貧しい自分の自己主張を成し遂げようとする。

規範を守らせる人間はそうした事で自分自身の権力が増大したと錯覚しようとする。

我々は規範を守らなければならない。だが、より良い規範について絶えず問議し、それを実行して良いはずだ。

現実は尊重しなければならないが、そんなことに我々の思考が従っている余地はないのだ。そうでないなら、どうやって新しい未来が訪れよう?

セックスの回数が幸せの定義なら、そうした行為のもっと多い犬とか猿とかになれば良かろう。



自分の言っている事は現実に対する批判に聞こえるかもしれない。だが自分の言いたいことはそうではない。みんなが現実だと思っているものが全て幻想である、だからそれを破る必要があるということだけなのだ。

そしてその後は知らない。各人が歩いて行く道があるだけである。

・・・だから現代人の多くは、死の直前になって自分が何一つせず、何一つ保有していなかったことに気付き、泣き叫ぶだろうか?・・・然り。・・・だが実はそう気付けただけでも幸せで、事実はそうならず、そうした魂は永遠に浮遊して何一つせず、何一つ得られない永遠の地獄を彷徨うように思われる。


役者が対象を掘り下げるためには、自分の中に深いものを持っていなければならない。

よく考えれば、SMAPや明石家さんまという空虚な存在は悲劇的だ。彼らは喜劇的な仮面を被っているものの、内心ではその悲劇性を感じているに違いない。

大衆の欲望に合わせてマスコミという拙劣な劇が転回される。

今インテリと呼ばれている人の多くは自分の頭で考える力を持っていないので、やたら過去の偉人や権力者を持ちだしてくる。

研究することが哲学ではない。彼は自分の頭で考え、判断し、結論を下さなければならない。

もはや現代ではーーー全ての結論は間違っていると言っても良いだろう。いずれにしろ、後から誰かが出てきて、自分の欠点を修正し、新たな理論を打ち立てるのだ。そして馬鹿者どもがその先駆者の後について、以前の理論とそれを作り上げたものを笑うのだ。だが科学者はーーー真の科学者はこうした事に怖れをなさず、いや、敢然と「誤りである」結論を下さなければならない。


永遠に自分が正しいと思っている人間には永遠に進歩が訪れない。彼は同じ所に留まり続け、自分は正しい!と喚き続けるだろう。

馴れ合うより一人でいる方がマシ。

「一人だと寂しいだろう?」と人は言う。「君達といるよりマシだ」と私は答える。

世の中は辛く厳しいので、これと戦わずに逃避しよう、ごまかそうという試みがますます世の中を必要以上に厳しくする。

表面的な人間とは表面的に付き合うのが良い。つまらない人間にまで自分の内奥を見せる必要はない。

自分の内奥は、それを真に必要とする人が現れるまで取っておけ。

空虚なものがいくら重なりあっても、空虚だ。だが世の中には自分の全てを語るに足る人がきっといる、と信じて良いと思う。

希望とは未来が明るいことではない。自分自身の中に未来を感じていることだ。

芸術家は自分に忠実に表現されることを要求される。だが自分を促進していくこともやめるべきではない。

世の中は自分達にひれ伏す相手を愛する。結局、彼らは自分達がいつも自分達より大きな何かに対してひれ伏しているのを無意識に感じているで、その代償を求めているのだ。

精緻な理論を使いながら、自分の簡単な感情にすら気づいていない人が沢山いる。

その人が憎む対象がその人が乗り越えるべき相手だ。破壊するべき相手ではない。

人と人とが本当に出会う時は自分が完成した時だ。

自分が完成すれば、完成した相手と出会えるだろう。


人は物事についてよくわからぬので、規範に従おうとする。そして規範に従っていれば問題が起きないと固く信じようとする。そして実際に問題が起こったら、諦めた表情をする。もう少し良い規範があったら、とか、もう少し良い判断をしたら、という風には決して考えない。おかげで世の中は閉塞的に、がんじがらめの様相を呈してくる。

自分のことを正しいと思えば、そこで進歩は止まる。ゲーテは終生、自分の進歩を暫定的なものとみなしていた。











スポンサーサイト



このカテゴリーに該当する記事はありません。